第52章 大正“浪漫”ー肆ー
「あの人はどこだー。何で帰ってこないんだー。眠れない眠れない眠れないのー。」
ガラスが私の頭にとまり、何やら甲高い声で話し出す。
「…こいつ暴れ馬のごとく喚くから、連れてきた。一回喚き疲れて寝たけど、起きたらまたうるさくなったからな。」
「霧雨さんが継子を持たれていたなんて知りませんでした。この前の会議の後にお館様と話されていたのはこのことでしょうか?」
「ハイソノトオリデス…。」
無一郎くんがぎゅっと私にしがみついている。まるで親に甘える幼子のようで…。11歳だから甘えたなのは仕方ないかもしれないけど。
だけど。
あれぇ?無一郎くんってこんなんだっけ?何か、もうちょっと冷徹な感じじゃなかった?来たばっかはこんなんだっけ?あれ?ここらへん覚えてない…。
いや、でも…。
そんなに必死にしがみつかれても、私何にもできないよ。
「師範。」
困っていると、入り口にたっていた女の子が入ってきた。…胡蝶さんの髪飾りを付けた子だ。
たしか…カナヲちゃん?だっけ?
「カナヲ、面倒を見てくれてありがとうございました。」
「…遊び相手をするように言われたのに、この子が途中で飛び出してしまって。」
「いいんですよ。ね、霧雨さん?」
そう言われてただ頷いた。…何とも言えねぇ…。
「あ、ありがとうね。迷惑かけたみたいですけど。」
「いえ。」
一応お礼を言うと、無感情にそう言われた。……この子、あんまり感じ取れるものがないな。
「シハン?」
無一郎くんが私にしがみついたまま首を傾げる。
…あ、これは覚えてるかも。
ここで、私は新しい言葉を彼に教えたんだ。
「教え導く人のことを、そう呼ぶのです。」
これは昔、安城殿が教えてくれた。全く同じ文言で彼に伝えた
「じゃあ、あなたは、師範?」
無一郎くんが私を見つめる。
やはり不安になりました。ここで頷いて、彼を導けば待つのは死です。
本当に、これで良いのでしょうか。
「いいえ。」
無責任にこう口走るのは、前世も同じだった。
「私は………。」
ああ、何と言うのが正解なのか。
「…好きに呼べば良いと思います。」
無一郎くんはキョトンとしていた。
周りの人たちもキョトンとしていた。
けれど、何かを言うことはできなかった。