第45章 夕の夢ー愛し人ー
「いけませぬ、私は、こんな醜い。」
近づいてくるお館様を押し返し、数歩下がった。
顔に触れる。
顔の半分は痛々しい傷跡で埋まっていた。師範に斬られたものだ。もはや右目は見えぬ。右耳は聞こえぬ。左手は欠損した。
「阿国」
お館様が私に手を伸ばす。
その手が顔の傷に触れた。
「綺麗だよ」
その言葉の真意を理解できぬほど馬鹿ではない。
自分より幼く小さかったお館様も、もう子供ではない。私もとっくに身を固めなければならぬ年だ。
「私は思い出すんだ。巌勝が抱いていた、少し年上の美しい少女をね。私はまだまだ子供だったけれど、確かに覚えているんだよ。」
「私も覚えています。お館様は不思議そうに私を見つめていらっしゃいました。」
「阿国のその天真爛漫な笑顔が、本当に愛しく思えたんだ。」
庭の藤の花がゆらりと揺れた。
この屋敷も今となっては巧妙に隠された。もはや誰も見つけられないだろう。今夜ここを発てば私は二度と戻ってこられない…。
「愛しているんだ、阿国」
お館様の声は私の左耳によく響いた。
私は他人の感情がよくわかる。だから、どれほどの決意と想いでそうおっしゃっているかがわかる。
わかるからこそ、切なくて。悲しくて。
「……私の何が良いと言うのです。…私にはもう何もありませぬ。師範も縁壱さんもいない。あの時私に優しくしてくれた水柱様も、他の柱も、もういない。…呼吸だって使えない、歩くのが、話すのがやっとの情けなく醜い体しかないというのに…!!」
「阿国」
お館様が大きな声で私を呼んだ。その顔は微笑んでいたが、感情は揺らいでいた。
「言わないでくれ。そんなことは、どうか言わないで…。」
「お館様」
「阿国、そんなことを言っては、ずっとお前を見ていたこの私はとても悲しくなるよ。」
優しい声音だった。
その優しさは、どこか師範のものと重なった。