第45章 夕の夢ー愛し人ー
「今や鬼殺隊に残されたのは私と阿国だけだ。」
私がたくさんのものを失ったと同じように、この人もたくさんのものを失ってきたのだ。
「………私は自分に何もないとは思わないよ。」
風が吹いた。少しぬるめの、春の風。お館様の髪が揺れる。
「阿国、お前がいるからだ。」
『阿国、お前がいるからだ。』
師範とお館様の言葉が重なる。
いつだったろうか。師範も優しくて、そんなことを言ってくれる時があった。
けれど、心の中では私が憎くて、殺したくて、消し去りたくて仕方がなかったのだ。あの人は。
「………。」
それが悲しくてたまらないのだ。あれだけ側にいたのに、あれだけ寄り添っていたはずなのに。
全て嘘だった。幻で、儚い夢だった。
けれど、その思い出の中の優しさに私はきっといつまでもしがみつくのだろう。恋しくて恋しくて、この先きっと何度も恋い焦がれて、それこそ死にたくなるくらいに。
「私を一人にしないでほしい、阿国。」
「…私も…一人は嫌です。」
でも。
寂しいのも、切ないのも。お館様も同じこと。
「私と一緒に行こう、阿国。」
「……。」
幼い日。
初めて会ったとき。
『私と一緒に行くか?』
あぁ、あなたは。あなたは今、どうしていますか。
私は本当にあなたが好きなのです。愛しているのです。ですが、もはや叶わぬ…。
私はあなたに殺された。けれど、まだ生きている。
「はい、ご一緒させていただきます。」
あの日、私は何と答えただろうか。
忘れてしまった。けれど、それで良い。
私の初恋は、終わったのだから。