第43章 未到達
その日、私がお風呂から上がってぼーっとテレビを見ていたとき、ある言葉を思い出した。
『知名度というのは知らず知らずのうちに他者が勝手に決めてくれる。』
まだ美大生だった頃、眠たくなるようなゆっくり口調のおじいさん教授が講義中に言っていた言葉だ。
「良い歌だな。」
隣でテレビを見る実弥が言った。
今話題沸騰のバンド。快活な歌とともに新曲のミュージックビデオがテレビに流れていた。
『今回のミュージックビデオはアニメーションなんですね。』
『そうなんです。イラストレーターの方に依頼して、かいていただきました。全て自分の手で描いていると聞きました。』
『へえ、すごいですね!』
私はじっとテレビを見つめた。
『どんな人なんですかね。会ったことあります?』
『いえ、運営のスタッフがメールなどでやり取りをしていただけなので誰も会ったことがないんですよ。』
『知ってますよこの人、何年か前に取材を受けていましたよね。名前だけで顔や声はわかりませんが…。』
いたたまれなくなって、私は実弥に顔を向けた。
「ねえ、チャンネル変えない?」
「やだ」
何が面白いのか、実弥はじっと見ている。
『この番組でも取材させていただきたかったのですが、そういったものは受け付けていないとのことでしたので…いや~、今見ていてくれてますかねぇ、どうか一つ頼みたいですよ。』
『ははは、僕らもミュージックビデオのお礼が言いたいです。』
実弥がちらりと私をのぞき見る。
「………だってよ。」
「いや、けっこうです……。」
私はイラストレーターとしては本名で活動していない。けれど実弥は仮の名前を知っているし、私の絵は見たことがあるので多分最初からわかってたな。うん。
「はあーー…私の知らないところでこんなことになっているとは。」
「取材の連絡とか来なかったのか?」
「来てたけど依頼ドバドバ来てるしめちゃめちゃたまってるからそんな場合じゃないと思って。」
「お前…まさか依頼全部引き受けたんじゃないだろうな?」
「ははは」
私は苦笑した。
実弥が頭を抱えていたので、次からは少しは断ろうと思った。