第43章 未到達
次の日もおはぎを膝に乗せながら仕事に勤しんでいると、春風さんから電話があった。手を止めずにスピーカーにして通話した。
「はいもしもし」
『こんにちは、さん。仕事が忙しくてたまらない。そんなあなたに質問です。』
急にそんなことを言われて面食らった。
「何です?」
『結婚指輪、実弥くんのもの用意しました?』
「え?」
私は手を止めずに会話を進めた。
『不死川くんも忘れていることと思います。指輪というものは男女で持つものですよ。』
「ええ……あなたって何でそんなに魔法使いみたく電話をかけてくるんですか…」
『あなたの第六感に理由がないように、私にも理由がないのですよ。まぁ、サプライズで渡すか一緒に買いに行くか、ともなくおはやめに。』
私は何となく気になって尋ねた。
「春風さんのそれって、どんな風にわかるんですか?」
『はあ…具体的に説明するのが難しいのですが……。』
私の第六感は本当に何となくだ。最初は戸惑った。何だかホワホワしたものが伝わってきたらその人は喜んでいる、ツンツンしたものなら怒っている…とか、そんな認識。
『何か、突然頭に流れ星が落ちるような…ピキッとした頭痛が一瞬して、その…落ちてきた星によって見えるものが違うのですよ。』
「えッ?」
春風さんはやたらと抽象的だった。珍しい。いつもペラペラ話すのに、今だけはちぐはぐな文章だった。
『見えるものは毎回違いますよ。例えば、今なら何となく…えー……あ~…、その、あなたのこととなると必ず同じものが見えて……。』
「えっと…わかりました。説明はできないんですよね?」
『ええ、すみません。長年これとは付き合っていますが、私も未だ慣れないのですよ。』
「わかります。私も周りの気配のざわめきに慣れません。」
『はあ、あなたは大変ですよね。不特定多数ですから。』
春風さんは続けた。
『私の世界は、あんまりにも小さいもので…』
それは普段、聞くことのない彼の心の奥底の、“何か”のように思えた。
『見えないものは見えませんから。』