第33章 風邪
予想もしていなかった驚き。
私の第六感がそう言っている。春風さんは驚きのあまりケーキを食べるためのフォークを落としてしまったのだ。
けれど、それも拾わずに。
「…失礼、今なんと申しましたかな。幾分、信じがたいものでしたが…」
「二度言いたくはありません。聞こえていたでしょう?」
「はあ、それは、確かですが」
春風さんはフォークを拾ってそれを片付け、新しいものを持ってきて再び席についた。
「私はあなたの家族ですから、体の事情は聞いております。しかし、それが原因の全てなのですか。」
「…ッ、どういう意味です」
「もし私があなたを古くから知る仲であり、結婚するほどの間柄であるのならば、結婚するからには“家”のことについて考えますよ。」
春風さんが言う。
「………実弥は一切、そんなこと言いませんでした。…私も。」
「……そうですか。」
私は父親から虐待を受け、母親からは助けてもらえなかった。
自分の境遇について理解し始めたのは、大学に進学した時。大学生になった私を見ておばあちゃんがおばさんに言った言葉がきっかけだ。
『親から虐待されていたのに、こんなに立派になって』
それが本心だったんだろう。きっと心の底から出てきた、声。
私は母親と絶縁して、それは自分が言い出したことで、家族の仲が良くないのは自分でせいだと思っていた。
優しく一面もあった両親を拒絶し、受け入れなかった自分の落ち度だと。
けれど、私を殴り、罵り、襲おうとした両親の行動は“虐待”そのものであるのだ。
そして父は死に、母とは縁が切れた。
「…実弥は私を家族から助けてくれた。あの時、実弥に何かあったらと思うと今でも怖いときがあります。」
「……まあ、そうですね。結婚すれば、否応なく…あなたの家の人間も実弥くんの家族になりますから。」
「はい。」
私はそれが嫌だった。
実弥を私の家と関わらせるのが嫌でたまらないから、祖父母と春風さん以外の人には会わせたことがない。