第31章 風柱
木谷優鈴は不思議な男だ。
生き霊となってふらりと現れたときのことを思い切って尋ねてみれば、ぼんやりと記憶にあるらしく。それもまた怖い。今目の前にいる彼も幻のように思えてしまう。
「ふうん。クメノっていうんだ。名前知らなかった。そういや、シンダガワくんとは最近どうなの」
「シ“ナズ”ガワね…」
優鈴はどうでもいいじゃんとでも言いたげだ。しかしその間違いは不謹慎過ぎやしないか。
「結婚断ったんでしょ。別れてないのぉ?」
「別れてない…ね。」
「へえ。」
すると、一気に彼に興味を持ったようだった。
「すごい見直した、やるじゃん。めっちゃ良い奴じゃん?」
「そ、そうだね。いい人だよ。」
「てか毎日君のあの料理を食べてると思うと、尊敬する。」
「……何も言い返せない…」
たった一度だけ、前世で優鈴に私のご飯を食べさせたことがあるけど、青い顔をしてほとんど残された。今思えば本当に申し訳ない。
「デートとかすんの?」
「えー…たまに買い物に連れていってくれる…。」
「ふうん。まあ社会人で同棲してまでデートってないか。」
「………デートっていうか…毎日一緒にいるから、どれがデートなんだろう。」
私が呟くと、優鈴は両手を合わせて目を閉じた。
「ごちそうさま」
「えっ?」
優鈴の目の前に置かれたコーヒーはまだ湯気がたっている。…飲みきってないのに、なぜ?
「盛大に惚気られた。」
「のろ…っ!?え?そんなつもりは…。」
「死んでないシンダガワくんは君のことよくわかってるんだろうね。」
「名前がとうとう原型を捨ててるんだけど」
優鈴が続ける。
「どこ行きたいとか何欲しいとか言われても、どこも行きたくないし何も欲しくない、家でゴロゴロしたいとか言ってるんでしょ。」
「え、なんでわかるの」
「そこの人が。」
優鈴が私の後ろを指差す。ぎょっとして振り返るも誰もいないし何も感じない。
「………はい?」
「冗談。」
ふにゃっと優鈴が笑う。
………恐るべし、和が戦友。