第29章 出会い
地獄の鬼の声を聞いたことがあるだろうか。
私はない。
人として、鬼として、死んだことはあるけれど、あの世の存在も、いまいち信じちゃいないし。
死んだら行き着く先は同じじゃないかな。だから地獄も天国もないんじゃないかな。まあ鬼はもれなく地獄に堕ちて欲しいけど。死んでいった仲間たちは天国でゆっくりしたらいい。
と、いうのが私の願望で。望みだったわけで。
地獄の鬼の声なんて聞いたことなんて、ないわけで。
でももし仮に後ろから聞こえてくるこの声が地獄の鬼の声だと言われても、疑わずに信じる。
それくらい、怖い声だった。
「何してんだ」
隣の彼はピタリと止まった。いやそうですよね。こんな声聞かされたら怖いですよね。
私も怖いが振り返った。
いつもの着崩したスーツ姿の実弥がいた。
右手に、私が落とした画集の入った袋を抱えている。
「……こっちが必死に探したのに、お前は」
あの画集が欲しくて欲しくてたまらないと言ったことがある。いつだったっけ。けど、出掛けたついでに、一緒に本屋に予約したから…。
実弥は私のだとわかったんだろうな。そりゃポストの前にスマホと画集落としてたら…必死に探すか。
「実弥?」
ふと、声がして。
固まったままの隣の彼が動き出した。くるりと振り向く。
その顔を見た実弥がハッとする。
「……マサチカ…?」
実弥の口から、聞いたことのない名前が発せられた。
しばらく二人は向き合って、固まったままで。
私はどうすることもなく、ただ突っ立っていた。