第1章 雨の中で拾った男
「あの、すいません」
「……はい?」
何かにすがりつく子犬のような眼差しを向けられると、見知らぬ人なのに、母性本能をくすぐられてグッときてしまう。
「傘、壊れちまって。俺、金スッちまったし、行く当てもないんで、傘を買うお金、貸してもらえませんか」
傘を指差し、頭を下げられる。
この状態でさすがに、断るのは可哀想な気持ちになり、私は財布から千円札を抜き出すと、その人に渡した。
「ありがてえっ、この恩は、必ず返します」
心底嬉しそうな表情を見ると、心の中で何かが揺れ動いた。何だろう、この気持ち。
「いえ、大丈夫ですよ。それより、お金をすったって、何かあったんですか?」
私の問いに、気まずそうな表情で頬を掻く。
「いや、その……ギャンブルで」
その言葉で、私はハッと彼のことを思い出した。
――この人、有栖川帝統だ。テレビで見たことがある。確か所属はシブヤ・ディビジョン。この間のディビジョンバトルでは敗退しちゃったみたいだけど……。
運営の紹介によれば、彼は生粋のギャンブラー。命すら賭けるギャンブル狂。なるほど、だからお金をスッた、って言ったんだ。
「あの、失礼ですけど、有栖川帝統さん、ですよね」
「えっ、なんで俺のこと知ってんだ?」
驚いたように目を丸めて見上げられる。