第8章 honey.8
間近で囁かれた言葉は、ゆっくりと体の中に浸透していった。
「……」
パチパチと瞬きをする一瞬がとても長く感じた。
「ん」
かぷっ。
「なっ?!!」
突拍子もなく耳たぶに噛み付いてきた彰にがたっと慌てて後ろに下がる。
「って!!」
その拍子にテーブルに肘をぶつけた俺は、床に蹲って痛みに悶えていた。
「あははっ、大丈夫?」
ひょいっと俺を抱えた彰がケラケラと笑っている。
さっきとは全く違う表情や声に、幻でも見ていたんじゃないかと思ってしまう。
むすっと顔を歪めたままでぶつけた肘を撫でていると、一息ついた彰が口を開いた。
「……ごめんね…」
確かに、そう聞こえた。
微かに聞こえた…。
でもそれは確信するまでには至らなくて、俺はその言葉を聞き返すことが出来なかった。
「まっすん、そろそろうどん食べないと汁がなくなっちゃうよ?」
コトコトと煮込まれたままだったうどんを思い出してばっとキッチンを見ると、彰はくすっと笑みをこぼす。
「抱っこして連れて行く?」
「必要ねーよ、ばーか」
悪態をつきながら俺と彰は歩きだす。
他人を想う感情は複雑で、面倒くさくて…だからこそ、それはふとした瞬間に形を変えるんだ、と俺は強く思ったー…。
【END】