第13章 ※宵の宮・雨月夜の契り※
麓の村へと続く道。
上空の小望月が投げ掛ける光が地上を明るく照らしている。
「ありがとうございます。私、お祭りは初めてです」
キリカの声は何時になく明るく弾んでいた。祭りに行くのは生まれて初めて、おまけに最愛の人と行けるのだから。
「祭りは・・・、私も初めてだ・・・」
「え?そうなんですか?」
予想外の答えに目を丸くしたキリカが視線を上げた。
「人であった時は・・・、当主となるべく・・・、毎日・・・、必死であったからな・・・」
正面を見据えたまま、淡々と紡がれていく言葉をキリカは静かに受け止めていた。
武家の長男として生を受け、物心つかぬうちから周囲に期待と重圧をかけられ、さぞや苦難の日々だったのだろう。
それらに応えるべく、黒死牟が血の滲むような努力を続けた事を。そして。その心を掻き乱し続けた存在の事もキリカは知っていた。
(もしかして、弟さんの事を思い出していらっしゃるのかしら・・・)
遥か昔、人であった頃に想いを馳せているのだろうか。それとも・・・。
憂いを帯びた双眸があまりにも悲しげで、キリカは切なげに眉根を寄せた。
(お心を少しでも楽にして差し上げたい・・・)
「巌勝様」
ことさら明るい笑みを浮かべながら、黒死牟の顔をじっと見つめた。
「私達、初めて同士ですね。改めて、今日はよろしくお願いし致します」
繋いでいた手に力を込める。促すように黒死牟の腕を軽く引いた。
「そうだな・・・、此方こそ・・・、よろしく頼むぞ・・・、キリカ・・・」
キリカの朗らかな口調と柔らかな手の感触に、黒死牟は心の裡に暗雲の如く垂れ籠めかけた苦悩が薄れていくのを感じていた。
「はい!もちろんです。さあ、参りましょう」
再び、二人は歩き始めた。ぴたりと寄り添いながら。
「巌勝様、灯りが見えてきましたよ」
左手の指先で指し示した先には等間隔に吊るされた橙色の提灯。
更にその先には活気に満ち溢れた人々で賑わう村が見えてきた。