第14章 月の揺り籠
弱々しく微笑むと、キリカは黒死牟の胸にもたれ掛かった。
(巌勝様・・・)
目を閉じると、キリカは愛おしい人の名を心で噛み締めるように呟いた。
「キリカ・・・」
甘えるように頬を擦り寄せてきたキリカを黒死牟は強く抱き締めた。囁くように名を呼べば、キリカはおもむろに顔を上げた。
「昨日はありがとうございました・・・」
しみじみと感謝の言葉を述べる。
卓子の上には祭りで買ったものが並べられていた。包み紙に包まれたままの玩具に、婦人雑誌。
濡れなくて本当に良かったと、キリカは安堵の色を浮かべた。
生まれて初めての祭り。たくさんの屋台に、楽しそうな人々の声。夜空に散っていった花火。愛おしい人と手を繋いで歩いた、祭りへと続く道。全てがキリカにとって一生忘れ得ぬ思い出となる事であろう。
そして。
(巌勝様・・・)
浴衣を纏った黒死牟の姿を脳裡に描く。
その美しさと神々しさは月の神が地上に降臨したかの如く。
(貴方のような方のお側にいれて、私は果報者です)
ふと。目蓋が重くなってきた。薬が効いてきたのだろうか。身体が暖かい。
深い眠りへの糸口をつかみかけてはいるが、寝てしまうのは勿体なくて。
「また、お祭りに行きたいです・・・」
「ああ・・・。また・・・、連れていってやろう・・・」
「本当に!楽しみです」
惣闇色の双眸が生き生きと輝いた。子供のような無邪気な反応に黒死牟は目を細める。
「さあ・・・、そろそろ眠るがよい・・・。今宵は・・・、おまえの側にいよう・・・」
「お側にいてくださるのですね。嬉しいです」
黒死牟の身体にしがみつくと、目を閉ざした。
「巌勝様、お慕いしております・・・」
この気持ちは幾度、口にしても足らない。たとえ、くどいと思われようとも。
「キリカ・・・」
返事はない。聞こえてくるのは微かな寝息。起こさぬよう、ゆっくり抱え直すと額に口付けた。