第13章 ※宵の宮・雨月夜の契り※
薄明の紫が闇に呑み込まれていく頃。
鏡台の椅子に座したキリカが婦人雑誌を片手に流行の髪型に挑戦していた。
夜会巻きである。纏めた髪をくるくるとねじりあげ、綺麗に巻き込んでいく。真珠を嵌め込んだ螺鈿細工の櫛を根元に挿し、後れ毛を整えた。
典雅な薔薇の彫金が施された手鏡をとり、後ろ姿を確認する。初めて挑戦する髪型だが仕上がりは悪くはない。最後に、首筋にお気に入りの香水を一吹きした。
「これで良いかしら?」
鏡に写る己の姿を、じっと見つめる。纏っているのは大輪の月下美人をあしらった瑠璃色の浴衣。平生とはまた違った、大人びた雰囲気を纏うキリカの姿がそこにあった。
もっともっと綺麗になりたい。趣味の良い、美しい女性に。いつまでも、あの方の目が自分に向けられているように。
「・・・・」
ふと、視線を落とした。鏡台の上、水を張った硝子の器に浮かべた天竺牡丹の花を見て、キリカは頬を綻ばせた。昨夜、黒死牟が髪に挿してくれた花だ。
萎れる前に押し花にしよう。栞にして読みかけの小説に挟もう。
微笑みを薔薇色の唇に浮かべながら鏡台の上の化粧道具を片付けていると、背後で微かな衣擦れがした。
「巌勝様」
間違える事のない、その気配。キリカはとびきりの笑みを浮かべながら振り向いた。
「支度はできたか・・・、キリカ・・・」
「はい。所で、そのお姿は・・・?」
「私も浴衣を着てみたのだが・・・、おかしいか・・・?」
「いいえっ。とてもよくお似合いです」
黒死牟が纏うのは白にも白銀にも見える、複雑な織りの浴衣。月光に照らせば、さぞや映えるであろう。美しい出で立ちに、キリカの胸が甘くときめいた。
「そうだ・・・」
黒死牟が手のひらを顔に当てた。禍々しい六つ眼が、すぅっと消えていく。人であった時の姿に擬態したのだ。
忽ち、見目麗しい一人の青年が姿を現す。
「では・・・、行くか・・・」
「はい!」