第12章 ※盛夏・残更の法悦※
「大丈夫です。ありがとうございます」
「それで・・・、全部か・・・」
「はい・・・」
キリカが掌に包み込むようにして受け取った。全て、黒死牟からの贈り物であり、かけがえのない宝物であった。
「そそっかしい奴だ・・・、」
苦笑すると、キリカの頭に掌を滑らせた。
「ゆっくり浸かってくるがよい・・・」
「はい。今から行って参ります」
「それとも・・・」
「・・・?」
「私が洗ってやろうか・・・」
「いっ、いいです!自分で出来ます!」
風呂で抱かれてのぼせた時の事を思い出してしまう。羞恥の念に全身が熱を帯びたように熱くなる。
「それは・・・、残念だ・・・」
予想通りの反応に黒死牟は喉の奥で笑った。掌をキリカの頭に置いたまま続ける。
「私が・・・、朝餉を支度しておいてやろう・・・」
「ありがとうございます」
「そろそろ・・・、お前の腹の虫が騒ぎだす頃合いであろうからな・・・」
「巌勝様っ!」
「冗談だ・・・」
優しいのか意地が悪いのか、よく分からない。堪り兼ね、キリカが膨れっ面をした。
と、その時。外で、ぽんぽんと弾けるような音がした。
「これは・・・?」
「花火の音だな・・・」
音のした方向に、黒死牟は耳を向けた。キリカも同じように耳を向ける。
「そう言えば・・・、麓の町の祭りの日であったな・・・」
「お祭りですか・・・?」
「祭り」と聞き、キリカの目が、ぱあっと輝いた。
「行ってみたいか・・・?」
「はいっ!あ、でもいいです・・・」
「遠慮をするな・・・。最近・・・、何処にも連れて行ってやれてないからな・・・」
「いいんですか。嬉しいです。」
「陽が沈んだら行くぞ・・・。それまでに支度をしておけ・・・」
「はい!」
忽ち、キリカが相好を崩した。桃色の唇から白い歯が覗く。目まぐるしく変わる表情は万華鏡のようだ。
「私、お祭りは初めてです。茶屋で働いていた時は、お祭りの日は書入れ時で忙しくて・・・」
「ならば・・・、良かった・・・」
「頑張って用事を片付けます!」
そう言うと、蝶が花を渡るような軽やかさでキリカが身を翻した。舞うように廊下へ消えていく。