第12章 ※盛夏・残更の法悦※
すると、キリカは小首を傾げながら「そうでしょうか?」と答えた。
「働くのが好きなんです。それに働かざる者食うべからずと言いますから」
歌うように軽やかに告げるキリカに、黒死牟は黙って目を細めた。捨て子だったキリカ。今まで数々の労苦と共に生きてきたに違いない。だが、目の前の彼女はそれを微塵も感じさせない。
「そうか・・・、だが・・・、無理をするな・・・」
言って、キリカの頭に手を伸ばした。幼な子をあやすように優しく撫でてやれば、キリカは「はい」と答えた。咲き誇る春の花々のような笑みと共に。
一連のやり取りを思い出し、黒死牟の胸に俄かに愛おしさが込み上げてくる。もっと、大事にしてやりたい。
唇を離すと、固く抱き合った。見つめあい、再び、口付けを交わし、ようやく二人は離れた。
「では、巌勝様。失礼させていただきます」
着物を羽織ったキリカが妻戸に手を掛けた。軽く一礼し、退室しようとしたが。
(・・・・・)
気だるげに前髪をかきあげる黒死牟と視線が絡み合った。その様があまりにも艶かしくて、キリカは息を呑んだ。頬に熱が集まるのを感じる。
「キリカ・・・?」
「・・・・」
「キリカよ・・・、どうしたと言うのだ・・・」
「いえっ、何でもありません・・」
重ねて聞かれ、キリカはようやく我に返った。またもや見とれてしまった。恥ずかしくて、耳まで朱に染めてしまう。
「ならば・・・、よいが・・・、風呂に入ってくるのではなかったのか・・・?」
「そっ、そうでした。・・・失礼させて・・・、きゃあっ!」
悲鳴を上げた。訝しげな視線を注がれ、そんなに不躾に眺めてしまったのかとキリカは改めて恥じていた。
羞恥を振りきるように足早に立ち去ろうとしたが。勢い余って、肩を妻戸に強かにぶつけてしまったのだ。
「あっ!」
弾みで簪や帯留めを落としてしまった。肩の痛みを堪えながら腰を下ろした。何と間抜けなんだろう。
「大丈夫か・・・」
いつの間にか、影のように傍らに立っていた黒死牟がキリカに簪や帯留めを手渡す。