第12章 ※盛夏・残更の法悦※
割れんばかりの蝉時雨に耳朶を叩かれ、キリカは目を覚ました。正確な刻限は窺いしれないが、陽は既に高く昇っているようだった。
「・・・・?」
ゆっくり瞼を上げれば、視界に黒死牟の顔が飛び込んできた。
「目が覚めたか・・・」
「は・・い・・」
寝起きのせいか、口調はふわふわしていた。どうやら絶頂を迎えた後、意識を失ってしまったらしい。抱き合ったまま寝ていたようだ。
「キリカ・・・、お前は・・・、寝顔も可愛らしいな・・・」
「・・・ずっと、見ていらしたのですか?」
「ああ・・・、もっとも一番愛らしい顔は先刻・・・、堪能させてもらったがな・・・」
「み、巌勝様っ!」
寝起きの頭が一気に冴え渡る。毎度の事とは言え、眠りについている無防備な姿を見られるのは堪らなく恥ずかしい。黒死牟はどんなに乱れた後でも一分の隙もない姿でいると言うのに。
「私しか・・・、知らぬ顔だ・・・」
追い討ちをかけるように、からかいを含んだ声音が耳に滑り込んでくる。
「・・・っ」
羞恥に頬を火照らせたキリカは、ぷいと横を向いた。何も言い返せないのが癪に障る。
「キリカ・・・」
苦笑混じりに呟き、キリカのおとがいに手を掛けた。視線を向かせる。額に、そっと口付けた。瞼に、こめかみに、頬に。
あらゆる場所に口付けを受けながら、キリカは目を閉ざした。温かな波間を揺蕩っているようだ。このまま甘やかな余韻に浸っていたい。
だが。
逆らうように、キリカはぱちりと目を開けた。こうしている場合ではない。今日は麓の町に買い出しに行かねばならない日だった。
「巌勝様・・・、あなたとずっとこうしていたいのですが・・・、今日はこれから買い出しに行かねばなりません。」
「そうか・・・」
黒死牟は名残惜しげに呟くと、キリカの小さな頭を両手で優しく包み込んだ。唇を重ねる。
日頃、キリカは日の出と共に起床する。午前中に洗濯や掃除、それが済むと買い出しや夕餉の準備。日が沈めば裁縫。合間を縫うようにして読書や手習いに勤しんでいた。
茶屋で働いていた時に一通り仕込まれた所為か、手際よく何でもこなす。生き生きと動き回る姿は実に小気味良かった。
以前。黒死牟は「働きすぎではないか?」と訊ねた事がある。