第12章 ※盛夏・残更の法悦※
翌朝。
太陽が眠りから覚める少し前。
キリカが目を覚ました。一筋の光すら拒む室内は刻の流れが定かではない。
昏い闇の中、たった一つの確かな存在をキリカの双眸がとらえた。
(巌勝様・・・)
唇に笑みを刻み、心の中で名を呼んだ。誰よりも尊く、愛おしい名を。
さらり。
半身を起こすと、髪が黒い小波のように肩口から滑り落ちた。
黒死牟の眠りを妨げぬように片手で抑えると、視線を下に落とした。
黒死牟の六つ眼は閉ざされ、長い睫毛の影が肌に落ちている。
「・・・・」
唇を柔らかく重ね、静かに離した。満足げに微笑む。
(巌勝様・・・)
もう一度、心の中で呼び、キリカは身体を起こした。傍らに脱ぎ捨てられていた黒死牟の着物を丁寧に畳むと、自らの着物を羽織った。
「きゃあっ!」
立ち上がろうとしたキリカが短い悲鳴をあげる。背後から忍び寄ってきた腕に上体を絡めとられた。そのまま抱きすくめられる。
「み、巌勝様っ!」
「何処へ行く・・・、まだ、夜明け前だ・・・」
キリカの左肩に顎を乗せた黒死牟が耳元で囁いた。低い、艶を帯びた声音は情夜の名残を多分に漂わせていた。
およそ早朝の爽やかな空気に似つかわしくない声音にキリカの鼓動が、どきりと跳ね上がる。
「あの・・、お風呂に行こうに思いまして・・・」
問いかけに、キリカは歯切れ悪く答えた。動いた弾みで胎内から昨夜の残滓が伝い落ちてきたからだ。粗相をしてしまったようで恥ずかしい。
「あの・・・、離していただけますか・・・?」
頬を赤らめ、内腿の辺りをもぞもぞさせているキリカを見て、黒死牟は唇を意地悪く歪めた。
「つれないな・・・、昨夜はあれほど激しく私を求めてきたと言うのに・・・」
昨夜は庭で語り合った後、黒死牟の私室で互いを求めあった。何度も何度も貪欲に。いつ、眠りに就いたのか記憶にない程に。
睦みあいの様をありありと思い出したキリカの頬が朱に染まっていく。
「は、離してください・・・」
かき消えてしまいそうな声音で呟くが、黒死牟は意に介さず、腕に力を込めた。
「私を拒むのか・・・」