第11章 十三夜の抱擁
季節は盛夏。澄みきった天に十三夜の月が掛かる夜。もうすぐ満ちる月からは、目映い銀の光が溢れている。
色とりどりの花々が咲き乱れる庭の中央に黒死牟とキリカの姿があった。
二人は、寄り添うようにして月を眺めていた。黒死牟はキリカの腰に手を回し、キリカは黒死牟の胸に顔を寄せていた。
触れ合った場所から鼓動が聞こえる。幾つもの夜を共にする間に慣れ親しんだ音。黒死牟の腕の中で眠りに就く時、子守唄のように聞いていた。
夏の夜は短い。こうやって外で二人で過ごせる時間は貴重だった。
キリカは瞼を閉ざした。
「すまぬ・・・」
「・・・・?」
呟きのような小さな声音に耳を打たれ、キリカは瞼を開けた。頭をほんの少し傾け、黒死牟を見上げる。
「こうやって・・・、外に出れるのは・・・、夜だけだ・・・。おまえに・・・、我慢させている事も多いだろう・・・」
黒死牟が一点を見つめたまま続けた。
「すまぬ・・・、キリカ・・・」
重ねて詫びる黒死牟に、キリカは首を振った。更に寄り添うようにして、言を紡いだ。
「お気になさらないでください。巌勝様と、こうやって一緒にいられるだけで十分です。それに夜の庭も風情があって素晴らしいですよ」
ふわりと微笑んだ。咲き誇る春の花々のような笑みを浮かべる。
「ですが・・・」
キリカが、ふと表情を曇らせた。遠くを見るような眼差しに、黒死牟は若干の不安を覚えた。何を言おうとしているのだろうか。
閉ざされた唇が次の言葉を発するのを、じっと待った。
「幸せ過ぎて不安になる時があります・・・」
そっと目を伏せた。再び、ゆっくり開けた時、目尻には涙の粒が浮かんでいた。
「こうやって、あなたの隣にいるのは幻ではないかと・・・。ある日、突然、夢から醒めてしまうのではないかと・・・」
今までの生活を思い出す。いつも一人で孤独だった。もし、黒死牟との生活が夢だったとしても、温もりと愛される喜びを知ってしまった。もう、暗闇を一人進むような生活には戻れない。