第10章 ※雷が結ぶ夜※
黒死牟はそんなキリカの態度に最初は微笑ましさを感じていたが、次第に、心変わりでもしたのではないかと不安に感じるようになっていったようだ。
「いるわけないじゃないですか。こんな素晴らしい方が近くにいらっしゃるのに。酷い事を言うと怒りますよ」
あらぬ誤解に憤慨したキリカが、拗ねたように唇を尖らせた。ぷいっと横を向く。
だが。常に悠然と振る舞う黒死牟にもそんな一面があったのかとキリカは新鮮な気分だった。同時に、更なる愛おしさで心が満たされていく。
「許してくれ・・・、キリカ・・・」
包み込むように抱き込まれた。心底、詫びるような声に、キリカも視線を戻さざるをえない。
「許すも何も怒っていませんよ」
ふわりと微笑み、黒死牟の背に手を伸ばした。固く抱き合う。黒死牟が安心したような表情を浮かべた。
「キリカ・・・」
「巌勝様・・・」
身体をほんの少しだけ離し、顔を見つめ合う。互いの目に写るのは愛おしい者の顔のみ。
額に、頬に、唇に、黒死牟の唇を受けながらキリカは陶然と目を閉ざした。
(私には勿体ないお方です・・・。お慕いしております)
抱き締める腕に力を込める。いつまでも、この幸せな刻が続きますように、と。
「台詞回しが面白いんです。真似をしたくなります」
キリカが今、夢中になっている伝奇小説について語り初めて早、半刻が経とうとしていた。粗筋やら登場人物について、休む事なく興奮した口調で続けている。
いつになく饒舌なキリカに黒死牟は内心、圧倒されつつも話に聞き入っていた。
「読み終わったら、お貸し致しますよ。」
「ああ・・・。では、そうして貰おうか・・・」
黒死牟に横抱きにされながら語り続けるキリカの頬は紅潮し、目は生き生きと輝いている。
その様の、何と可愛らしい事か。黒死牟は六つ眼を細め、キリカの熱弁に耳を傾け続けた。
キリカが気が済むまで付き合ってやろう。久しぶりに二人で過ごす夜なのだから。
静かに夜が更けていった。