第2章 夢惑う乙女
「分かった・・・。だが、無理は禁物だ・・・」
「はいっ」
「私はこれで下がる・・。ゆっくり休め、キリカ・・・」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
退出していく黒死牟を見送ったあと、キリカは格子から月を眺めていた。満月から幾分、欠けた月であったが煌々と光り、とても美しかった。
「さて、と・・。そろそろ寝ようかしら」
夜風に冷気が混じってきた。寝るには良い刻限だと、キリカは格子を閉め、御簾を下ろした。
月光に照らされた庭を眺めながら寝るのも悪くないと思ったが、キリカはすぐにその考えを打ち消した。
(もし、鬼がやって来たら・・・)
此処には鬼はやって来ないと言われても、一度、味わった恐怖は骨の髄まで染み渡っていて、なかなか忘れられるものではなかった。ぞくり、と身震いをさせる。
「これで、よし、と・・」
少々、大袈裟なぐらい念入りに戸締まりを終えたキリカが布団に潜り込んだ。
(今夜は黒死牟様もいらっしゃると言うし、大丈夫よね・・)
寝具を頬まで引き上げながら、キリカは先程の黒死牟とのやり取りを思い出していた。恥ずかしい思いもしたが、今日は少し打ち解けられたような気がして嬉しかった。
(明日は、どんなお話をしようかしら・・)
黒死牟の顔を思い浮かべながら、つらつらと考え事をしていれば、思ったより早く睡魔は訪れた。
それから、どれ程の刻が経ったのか。キリカは魘されていた。厳密に言えば、体は寝ているのに、意識は覚醒しているような不可思議な状態だった。
キリカは山の中を脇目も振らず、全力疾走していた。
これは、あの夜だ。鬼に襲われていたのを黒死牟に助けてもらった、その時の夢だ。
鬼の爪が、牙が迫ってくる。足音も体臭も、夢の中だと言うのに、ひどく現実的だった。
(この後、黒死牟様に助けていただいたんだわ・・)
気を失っていたから、その時の事を覚えていないが。
だが。切羽詰まった悲鳴に振り向いたのは黒死牟ではなく、違う何かだった。
「きゃあああっ」
キリカは夢の中の自分が上げた悲鳴に、びくりとした。