第2章 夢惑う乙女
「食べぬと、また、腹が鳴るぞ・・」
「私のお腹は、そんなにうるさくありません。・・いただきますっ」
キリカは照れ隠しと言わんばかりの大きな声を出し、食事を再開した。
(最悪・・・)
二回も腹が鳴るという大失態を恥じたキリカはやけ食いの如き勢いで箸を動かした。膳の上の料理を次々と平らげていく。
「美味いか・・?」
「とても美味しいです。ありがとうございます」
黒死牟は「それは良かった」と目を細めた。キリカも釣り込まれたように笑みを返した。
(本当に綺麗な顔をした方だわ・・)
黒死牟の横顔は橙色の灯りに照らされ、その整った目鼻立ちを更に際立ったものにさせていた。目が離せない、不思議な磁力を湛えた横顔であった。
ともすれば、その横顔に見いってしまいそうで、キリカは、ゆっくり茶を飲む事で何とかやり過ごした。
黒死牟が淹れてくれた舶来品の茶は澄んだ金色をしており、とても香り高い逸品であった。すっかり気に入ってしまったキリカは、食後に味わうのが日課のようになっていた。
毎日、用意される食事も今まで食べた事がないようなご馳走ばかりで、キリカは喜びを覚えつつも戸惑いも感じていた。
(こんな贅沢をしていいのかしら・・。それに、何から何までしていただいてばかりで申し訳ないわ・・)
下膳の手伝いを申し出たが、「怪我人が無理をするな・・」と一蹴されてしまった。手持ち無沙汰のキリカは黒死牟が膳を下げるのをぼんやりと見つめていたが、ふと何かを思い付いたようだ。目に輝きが戻る。
「黒死牟様」
「どうした・・」
「ご迷惑でなければ、今度は一緒に食事をしていただけませんか?黒死牟様が作ってくださる食事はとても美味しいから、二人で食べたらもっと美味しいと思います」
にこり、と微笑みながら、キリカは楽しそうに続けた。あどけなさを残した、屈託のない笑みであった。
「それと、黒死牟様には敵いませんけど、私も料理を作るのが得意なんです。宜しければ食べていただきなたいなぁ、と思いまして」
キリカに嬉々とした表情で提案され、黒死牟は面食らった。だが、それは瞬く間の事で、すぐに満更でもないような、苦笑とも違う笑みを浮かべた。