第10章 ※雷が結ぶ夜※
それから程無くして梅雨が明けた。
気が滅入るような長梅雨から漸く解放され、本格的な夏の到来となった、ある夜の事。
夜着の上に着物を羽織ったキリカが部屋の戸締まりをしていた。
黒死牟の屋敷は山の中腹にある。暦の上では夏の盛りとは言え、夜の帳が降りると一気に冷え込んだ。
ざぁぁぁ。
風が出てきたようだ。ざわざわと木々が揺れる。キリカは風に髪を乱されながらも急いで戸締まりを終えた。ぐるりと室内を一巡し、閉め忘れがないか確認すると部屋の中央にある卓子に向かった。
「ふう・・・。やっと続きが読めるわ」
卓子の上には一冊の小説があった。最近、読み始めたばかりの伝奇小説である。手に取ると、椅子に深々と腰を下ろした。敷き詰めた敷布が、キリカの身体を柔らかく受け止める。
「・・・・」
栞を外すと、真剣な眼差しで字面を追い始めた。息をつめ、頁を捲る。時折、唇に微笑みを刻んだり、眉間に皺を寄せたりして、物語の世界に没頭しているようだった。
黒死牟に読書はほどほどにするように言われているが、なかなか止められない。あと数頁、と思っても続きが気になり、いつの間にか朝を迎えていたと言うのもざらであった。今宵も夕餉の片付けを終えると、早々に自室に籠ってしまった。
「ん・・・?」
頁を捲る指を止め、キリカは顔を上げた。窓に視線をやり、耳を澄ます。微かに雷声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか。
「気のせいよね・・・」
己に言い聞かせるように呟くと、再び読書に没頭しようとしたが。
ゴロゴロ・・・。
遠く微かに雷声が聞こえた。
「・・・・・」
聞こえてきた音に、キリカは眉をひそめた。窓を閉めてあるから外の様子は伺い知れない。だが、聞き間違いではないようだった。
ゴオン。ゴロゴロゴロ・・。
どんどん近付いてきているようだ。ガラガラと、空気を引き裂くような音に変わる。
(どうしよう・・・)
思わず椅子から立ち上がる。顔色を無くしたキリカはおろおろと辺りを見回した。雷が苦手なのだ。子供の頃、雷が鳴ると真っ先に布団の中に潜り、必死に耳を塞いでいた。
それは大人になった今でも変わらない。雷声を遮るような物は無いか、視線を巡らす。