第9章 ※湯殿の恋契り※
「キリカ・・・、謝らなければならぬのは私の方だ・・」
「・・・・?」
「私は・・・、おまえに無体を働いているのではないかと思ってな・・・」
「そんな・・・」
「おまえを・・・、いつか壊してしまうのではないかと心配でたまらぬ・・・」
「そんな事・・・、あっ・・・」
起き上がろうとして、ふっと目の前が昏くなった。均衡を崩し、布団に手をつこうとした所を黒死牟に支えられた。
「無理をするな・・・」
そのまま腕の中に閉じ込められた。
「愛おしくてたまらない・・・、欲しくてたまらなくなる・・・。歯止めが利かなくなりそうだ・・・。愚かな私を・・・、許してくれるか・・・」
黒死牟の情熱的な囁きが耳を打つ。許すも何もない。自分だって黒死牟の事が愛おしくてたまらない。欲しくてたまらないのだ。
「愚かだなんて仰らないで下さい。あなたのような方に、そこまで思われて私は本当に幸せです」
人と鬼の奇跡的な出会い。心を通わせ合い、結ばれて、こうやって一緒にいるのだ。これ以上の幸せは考えられない。
「キリカ・・・」
黒死牟は感極まったようにキリカを抱き締める。キリカも黒死牟を抱き締めた。
黒死牟の髪は濡れていた。自分の事を後回しにして介抱してくれたのだと思うと感謝の気持ちでいっぱいになる。
「巌勝様、お慕いしています・・・」
「私もだ、キリカ・・・」
「嬉しいです・・・」
固く抱き合うと、黒死牟はキリカの身体を横たえた。布団を掛けてやる。
「まだ、顔が青白い・・・。今宵はもう休め・・・」
「はい・・・、あの・・・」
黒死牟の顔を、じっと見つめたまま、控え目な声音で言を紡いだ。
「巌勝様、我が儘を一つ言ってもいいですか?」
「何だ・・・」
「今宵は一緒に寝たいです。駄目ですか・・?」
か細い声でねだるキリカに黒死牟は無上の愛おしさを覚えた。
「分かった・・・。用意をしてくるから少し待つのだぞ・・・」
「はい。お待ちしております」
キリカが嬉しそうに頷いた。黒死牟はキリカの頬に口付け、立ち上がった。
たまには、こんな夜も悪くない。
それは、とある送り梅雨の晩のことだった。