第2章 夢惑う乙女
「はい・・」
キリカは恐る恐る顔を上げ、そしてまた、顔を伏せた。失礼な事を聞いてしまったと心の底から申し訳ないと思っているようだった。
「変な事を聞いてしまって申し訳ありません・・・」
「よい・・・」
可哀想なぐらい悄気て詫びるキリカに黒死牟はつとめて静かに問いかけた。
「気にするな。時に、キリカ・・」
「はい。・・何ですか?」
キリカが消え入りそうな声で答え、黒死牟の顔を見上げた。
「傷の具合はどうだ?」
「あっ、ありがとうございます。おかげさまで、すっかり良くなりました」
捻挫した足首は微かに痛む程度で、切り傷や擦り傷もふさがりかけていた。跡も残りそうにない。ひとえに黒死牟の手厚い介抱のおかげである。
「本当にありがとうございます。黒死牟様に助けていただかなかったら、今頃・・」
不意にキリカが口をつぐんだ。鬼に襲われた時の事を思い出したのだろうか。キリカの顔から血の気が引いていく。はっとしたように顔を上げ、部屋の四隅に視線を走らせた。その瞳は明らかに怯えていた。
「ここには、お前を襲うような鬼はいない。安心して養生する事だ・・」
黒死牟は、にわかに恐慌状態に陥りそうになったキリカを諭すように語りかけた。その口調は子供に言い聞かせるように優しい。
「ありがとう・・ございます」
心に生まれた不安を黒死牟の声音が消していく。キリカが大きく安堵の溜息をついた。
「話をしていたら食事が冷めてしまったな・・。済まぬ・・。どうしようか?」
「大丈夫です。とても美味しいから、このままいただきます」
箸をとったキリカが「あっ」と頓狂な声を上げた。腹が鳴ったのである。己のあまりの緊張感の無さと羞恥心に、キリカは体をわなわなと震わせていた。
「・・すみません。今の聞こえましたよね?」
言っているうちに、また、腹が鳴った。先刻より盛大に、である。恥ずかしさのあまり、顔を袖で隠してしまった。
くっくっと黒死牟が忍び笑うのが聞こえた。キリカが袖の隙間から、ちらりと目を覗かせれば黒死牟と目が合った。
「面白い奴だ・・」
「あんまり笑わないでくださいっ」
キリカが抗議の声を上げたが、黒死牟は意にも介さず、低く笑っている。