第9章 ※湯殿の恋契り※
鬱金香を象った照明が仄かな光を投げ掛ける居間からキリカの鼻唄が聞こえる。
若草色の着物に、背中に大きなリボンをあしらったエプロンという、まるでカフェの女給さながらの出で立ちだ。
乾いた布で食器を拭き、食器棚に並べていく。卓子の上を磨くと、他にやり残した事は無いか確認した。
「あら・・・?」
椅子の上に黒死牟の着替えが置いてあるのに気付いた。
「いけない。巌勝様、お召し替えをお忘れになって」
キリカは黒死牟の着替えを持つと小走りで湯殿に向かった。
「巌勝様、お召し替えをお持ちいたしました。ここに置いておきますので」
浴槽のある部屋とは戸で仕切られ、隙間から湯気が漏れている。
「礼を言うぞ・・・、キリカ・・・」
「では、失礼させていただきます。ごゆっくりどうぞ」
湯に浸かる黒死牟に、少し控え目な声を掛け、藤籠の中に着替えを置いた。
からり。
立ち上がろうとすると、湯殿の戸が開いた。一糸纏わぬ黒死牟が姿を現す。
「きゃっ」
あまりにも堂々とした立ち居姿に、目のやり場に困ってしまう。咄嗟に目を反らし、目蓋を固く閉じた。
「どうした・・・。何を恥ずかしがる・・・」
怪訝そうに黒死牟はキリカの顔を覗き混んだ。
「せっ、せめて前ぐらい隠してください。目のやり場に困りますっ」
どぎまぎしながら袖で顔を隠した。
鍛え抜かれた長身の肉体。上気した顔には濡れた前髪が貼り付き、いつも以上に艶かしい雰囲気を醸し出していた。
「何を今さら恥ずかしがる・・・。毎晩・・・、見ているであろう・・・」
「そっ、そう言う問題ではありませんっ。親しき仲にも礼儀あり、ですっ!」
「そうか・・・。それは失礼した・・・。以後、気を付けよう・・・」
「分かってくださればいいんです。では、私はこれで・・・、あっ・・」
出ていこうとしたが、腕を掴まれた。袖で顔を覆ったまま、振り向く。
「おまえも一緒にどうだ・・・」
「いっ、いいえっ。私は片付けがありますので。お一人で、ごゆっくりどうぞ」
「遠慮をするな・・・」
「遠慮なんかしていません。放してくださいっ」
黒死牟の手がキリカのエプロンのリボンにかかる。あっという間に一切合切を脱がされ、裸体を晒していた。