第8章 微睡みの乙女
だが、不思議と食欲は湧かなかった。
整った容貌の中でも、とりわけ美しい惣闇色の双眸。すべてを見通すような眼差しに心の奥底まで射抜かれてしまった。
心のざわめきに、柄にもなく動揺を覚えた。その双眸が己を映すのを見てみたかった。
ほどなくしてその願いは叶うところとなり、恋に落ちるのは時間の問題だった。
正体も恋心も明かすつもりはなかった。鬼の姿を受け入れてくれた娘は一人もいなかったから。
だが、キリカは違った。禍々しい六つ眼を美しいと言った。
黒死牟のすべてを受け入れ、愛してくれた。殺伐とした人生に、彩りをもたらしてくれた。
鬼に身を堕としてからと言うもの、人間らしい幸せなど無縁だと思っていた。鬼になる為に、あらゆるものを捨てて来たのだから。
もう一度、幸せを求めて良いのだろうか。
人と鬼。この先、何が待ち受けているか分からない。光が射しているのか、闇が広がっているのか。
何より、あの方がキリカの存在を知ったら、どうなるだろうか。恐らく許しはしないだろう。あの方の気性を思い出し、刹那、黒死牟は険しい表情を浮かべた。
何があっても、キリカを守り抜いてみせる。
キリカの顔を覗き込んだ。乱れた前髪を整えてやる。
「おまえは私だけのものだ・・・。誰にも渡さぬ・・・」
口付けを落とすと、静かに立ち上がった。足音一つ立てずに部屋を出ていく。