第2章 夢惑う乙女
(よしっ)
心の中で小さく気合いを入れた。
部屋に戻ると配膳を終えた黒死牟が正座をし、キリカの訪れを待っていた。
「いつも、ありがとうございます。していただいてばかりで申し訳ありません」
謝意の言葉を述べながら、膳の前に座る。炊きたてのご飯の匂いが空腹を刺激した。
「いただきます」と手を合わせたキリカが、漆器の蓋に手を伸ばそうとした時、黒死牟に名を呼ばれた。
「待て、キリカ。ずいぶんと顔が赤いようだが・・・」
「えっ、本当ですか?」
答えたキリカの声は滑稽なまでに上ずっていた。動揺を隠そうと俯けば、黒死牟が立ち上がる気配がした。
「熱は無いようだが、ずいぶんと脈が早いな・・」
気付いた時には黒死牟の顔が真正面にあった。掌を額に置かれ、キリカの鼓動が一気に跳ね上がる。
「そっ、それは黒死牟様の気のせいです。どこも悪くないから大丈夫ですっ」
動揺のあまり、キリカの頭がくらくらしてきた。これ以上、追及されたらどうにかなってしまう。そう思ったキリカの必死の訴えが通じたのか、黒死牟が掌を下ろした。
「そうか。それならば良いが・・、人間の体は脆い。無理はせぬ事だ・・」
「はっ、はい。」
黒死牟が、元にいた場所に戻っていく。その後ろ姿を見ながら、キリカは小さく息を吐き出した。
(良かった・・。それにしても心臓に悪いわ)
ばれなくて良かったと安心しながら、箸をとった。
(美味しい・・)
行儀よく箸を運びながら、ちらりと黒死牟を見た。黒死牟は少し離れた所に座していたが、キリカの視線に気付き、此方を見た。
「黒死牟様は召し上がらないのですか?」
部屋にはキリカの膳しか用意していない。それどころか、黒死牟が食事をしているのを一度も見た事がなかった。
怪訝に思ったキリカは聞いてよいものかと逡巡したが、結局、好奇心の方が勝ってしまった。
「私は・・よい」
「ですが・・」
黒死牟の纏う雰囲気が、一瞬、険しさを帯びる。尚も言いつのろうとしたキリカが思わず身をすくませた。みるみる内に悄気ていく様を見て、黒死牟は「しまった・・。少々、やりすぎたか」と心の中で呟いた。
「私の事は案ずるな・・・」