第2章 夢惑う乙女
数日が過ぎた。
黒死牟は日に数回、キリカの元を訪れては傷の手当てをし、食事を用意してくれた。
それ以外は屋敷の奥にいるようだ。聞けば、日の光が苦手なのだと言う。それ故、昼間は屋敷で過ごし、日が沈むと外へ出るのだと言う。
(不思議な方・・)
キリカは縁側に座し、考え事をしていた。キリカに与えられたのは屋敷の南側の一室。日当たりがよく、襖を開ければ、庭に植えられた季節の花々がキリカの目を楽しませてくれた。
(一体、何者なんだろう・・)
整いすぎた容貌。外見は二十代半ばぐらいの筈だが、纏う雰囲気は老成されていた。そして、物腰も高貴な出自の人間の如く洗練されていた。
(こんな所に一人で住んでいらっしゃるなんて・・)
屋敷はどうやら山の中腹にあるようだ。鬼が住まうと噂される、その山には近隣の住人も滅多に近付かないらしい。
(不便ではないのかしら。それに、鬼が出たら・・)
全貌はまだ分からないが、広大な屋敷である事に間違いない。そこに一人で住む男性。
文字通り、浮世離れした存在。
(本当に月の神様だったりして・・)
考えれば不思議な事ばかりだが、出会ったばかりの人間に対して根掘り葉掘り聞くのは失礼だと思い、キリカは聞けずにいた。
小さな溜息をつき、ぼんやりとした視線を庭に向けた。開け放たれた襖を風が通りすぎていく。そろそろ日が沈む刻限だ。空には瑠璃色が混じり、星が輝き始めていた。
夕暮れ時の心地よい風を全身に受けながら物思いに耽っていたキリカが、はっとした表情を浮かべた。
(ちょっと待って、私・・)
屋敷に、男性と二人きり。しかも、相手は見目麗しい若い男性。キリカの首から上が一瞬で朱に染まる。自分が置かれている環境を改めて確認し、そして困惑した。
(どっ、どうしよう。心臓に悪いわ・・)
「キリカ・・何処にいる?夕げの支度が出来たのだが・・」
「あっ、ありがとうございます。すぐにそちらに参ります」
動揺するキリカを現実に引き戻したのは黒死牟の声だった。
(こんな顔を見られたら変な人だと思われてしまう)
両手に頬を当ててみれば驚くほど熱くて、それを恥じたキリカの頬は更に赤みを増した。何とか高ぶった精神を落ち着けようと深く息を吸った。