第6章 ※夜這い星の褥※
キリカの惣闇色の瞳が涙に濡れる。が、構わず、キリカは続けた。黒死牟に反論の余地を与えないように。
「どうか、ご自分のお気持ちに向き合ってください。複雑な気持ちを抱かれていると思いますが、その中には弟さんへの情もあるはずです」
擦れ違ったまま終わってしまった兄弟があまりに不憫だった。あまりにも確執が深すぎて、「好き」、「嫌い」などと簡単に済むようなものではない事はキリカにも容易に推察できた。
だが、弟への感情を「憎悪」と「嫉妬」しか認めようとしないのが、堪らなく辛かった。
数百年、黒死牟が囚われ続けてきた泥沼のようなわだかまりから何とか掬い上げたかった。
「気持ちに・・・、向き合えだと・・・」
黒死牟が呆然と呟いた。
「そうです。ずっと、弟さんの事を気にかけていらしたんです。あなたは優しい方ですから」
「そんな事はない・・・。私は優しくなどない・・・」
「いいえっ。」
キリカが夢中で首を振る。涙が夜風に舞った。
「あなたは何度も私を助けてくださった方です。孤独だった私に寄り添い、愛してくださいました。巌勝様にお会いできた事が、今までの人生で一番の幸せです」
言葉にする事によって、思いをより強く実感した。黒死牟の手をとり、両の掌を重ねた。包み込むように優しく。
重ねられた掌から伝わる温もり。黒死牟の心の中に燠火のように燻る、負の感情を癒していくようだった。
(人であった時に・・・、キリカに会えていたら私は・・・)
鬼にならなかったのだろうか。考えても詮なき事だ。あの頃は誰かに心の裡を打ち明ける機会も相手もいなかった。武家の跡取りとして、棟梁として、鬼狩りとして、常に上手く立ち振る舞う事のみを考えていた。
誰ひとり、秘めてきた濁流のような思いに気付く者もいなかっただろう。
「それに・・・、私、知っているんです」
キリカは続けた。掌に力を込める。
「巌勝様が夜な夜な、剣の稽古をしていらっしゃるのを。ひたむきなお姿に私は心を打たれました。きっと小さい頃から、少しも慢心せず励まれてきたのですね。おいそれと真似できる事ではありません・・・」
ある晩の甘い睦事のあと。眠りに就いていたキリカは、ふと眼を覚まし、隣に黒死牟がいない事に気付いた。