第6章 ※夜這い星の褥※
「十数年ぶりに再会した弟は・・・、以前とは比べ物にならぬ程の剣の腕を見せた・・・。私は・・・、その剣技を自分のものにするべく・・・、鬼狩りの道を選んだ・・・。」
(巌勝様が鬼狩りだったなんて・・・)
次々と明かされていく黒死牟の過去。怒濤のような展開にキリカは固唾を呑むばかりだ。相槌すら打てなかった。
「弟と再会し・・・、狂おしいまでの嫉妬と憎悪が再び私を苛んだ・・・。来る日も来る日も剣の稽古に明け暮れた・・・。が、その時の私に残されていた時間は僅かだった・・・」
黒死牟は熱に浮かされたように喋り続けた。血を吐くような、魂の慟哭。絶望にうちひしがれ、もがき苦しむ黒死牟の幻影がキリカには見えるような気がした。
「このまま死ぬのかと懊悩した私に・・・、あの方は声をかけてきた・・・」
『ならば、鬼になればよいではないか』
悪魔の囁き。だが、その時の黒死牟には天啓のように聞こえた。しがらみから解放され、無限の刻の中で鍛練を積めば、いずれは弟を越えられるのだと。
「だが・・・、六十年が過ぎ・・・、とっくの昔に死んだと思った弟は・・・、私の前に現れた・・・。全盛期の時と少しも衰えを見せぬ剣技に、成す術もなく追い詰められた・・・。あと一手で間違いなく死ぬ、と思ったが・・・、弟は剣を構えたまま息絶えていた・・・」
黒死牟は、どこか物憂げな眼差しのまま、言を継いだ。
「家や妻子を捨て・・・、人である事まで捨てたのに・・・、私はあやつを越えられなかった・・・」
自嘲気味に呟き、黒死牟は懐に手を差し入れた。取り出したのは、真っ二つになった古びた笛。
「それは・・・?」
「この笛は・・・、私が弟の為に作ったもの・・・。切り捨てた弟の遺体から回収したが・・・、何故か捨てられぬ・・・」
形は歪だが、作った人の温もりが感じられる。
「父母や妻子の顔は忘れてしまったのに・・・、あやつの顔だけが記憶の中で鮮明だ・・・。憎くてたまらぬ・・・」
黒死牟はギリ、と歯噛みした。
「そんな悲しい事をおっしゃらないでください」
キリカは思わず、黒死牟の身体を抱き締めていた。
「弟さんを心底、憎んでいらしたら、今、その笛を持っていらっしゃらないはずです。心のどこかで弟さんの事をずっと思っていたのではありませんか」