第6章 ※夜這い星の褥※
「これは・・・、私が黒死牟の名と共に、あの方から賜ったもの・・・。あの方にお仕えする上弦の壱・・・、それが私だ・・・」
「あの方、とは?」
「それは答えられぬ・・・。その名を口にするのは・・・、固く禁じられている・・・」
あの方。黒死牟の口調から並々ならぬ畏敬の念を感じ取った。キリカは半ば無意識に居住まいを正した。
「そんなに気色張らずともよい・・・。だが、良い機会かも知れぬ・・・。おまえに私の事を話しておこう・・・」
黒死牟は少し困ったような表情を浮かべると、視線を正面に向けた。
「私は・・・、今から四百年前に、とある武家の長男として、この世に生を受けた・・・。跡取りとして将来を嘱望されていた私は学問や剣術・・・、あらゆる事を寸暇を惜しんで学んだ・・・」
黒死牟は己の中の古の記憶を辿った。「継国巌勝」であった時の記憶を。
「私には双子の弟がいた・・・。双子は縁起が悪いと言われ・・・、弟は忌み子として扱われていた・・・。それが不憫で何かと気にかけていたが・・・、あやつは・・・」
キリカは一言も発せずに、黒死牟をじっと見つめていた。
「ある日・・・、恐るべき剣の才能を見せた・・・。初めて剣を握った、その日に剣の指南役をいとも簡単に倒した・・・。私が一太刀も浴びせられなかったのに・・・。私は弟の才能に激しい嫉妬と憎悪の念を抱いた・・・」
黒死牟の六つ眼が冥い光を帯びる。声音にも冥い色が混じった。
「やがて・・・、弟は出奔し・・・、それから十数年が過ぎた・・・。家督を継いだ私は妻を娶り、二人の子をもうけた・・・。実にのどやかで退屈な日々を過ごしていたのだが・・・」
(やっぱり、奥方様とお子様がいらしたのね・・・・)
ちくり、と針で胸を刺されたようだ。苦しい。キリカはきつく拳を握り締めた。
(動揺しては、だめ・・・。覚悟は出来ていたんだから・・・)
必死に冷静を装い、黒死牟に向き合った。幸いな事は黒死牟はキリカの裡なる動揺に気づいていないようだ。
「ある時・・・、戦の野営の最中・・・、私は鬼に襲われた・・・。家臣は全て鬼に殺され・・・、最早これまでかと思った私の前に弟が現れた・・・」
黒死牟は庭先の暗がりの一点を、じっと見据えていた。