第6章 ※夜這い星の褥※
「いけない。少し逆上せたかしら・・・」
完全に逆上せる一歩手前でキリカは風呂を後にした。冷水を飲み、息を整えると、湯殿に設えてある大きな鏡の前に座った。肌の手入れをし、髪を乾かす。
「あぁ、すっきりした」
入念な手入れを終え、湯殿を出る。風呂上がりの上気冷めやらぬ身体に、冷たい夜風が心地好かった。
季節は初夏を迎えていたが、夜の帳がおりた山の中の空気は凍えるほどではないが、ひんやりと冷たい。
廊下を幾たびか曲がった所で、座している影を見つけた。
「巌勝様、こんな所でどうされたのですか?」
「少し考え事をしていた所だ・・・。お前は・・・?」
突然、声を掛けられたにも関わらず、黒死牟は少しも動ずる事なく応じた。
「邪魔をしてしまって申し訳ありません」
慌ててキリカが詫びれば、黒死牟は「大した事ではない」と首を振った。キリカの手を取り、隣りに座らせる。
「良い匂いがするな・・・」
「ありがとうございます。さっき、お風呂をいただいたばかりです」
「そうか・・・」
黒死牟はキリカの髪を一房、手にした。絹のような手触りの髪に指を絡め、匂いを楽しんでいる。
「巌勝様が選んでくださった香りですよ」
「私の見立ても満更ではなかった・・・、という事だな・・・」
黒死牟は目を細めると、キリカの腰に手を回した。密着するように、更に引き寄せる。
「・・・・・」
二人はどちらからともなく唇を重ねあった。
「柔らかい唇だ・・・、何度、口付けしても飽きぬ・・・」
黒死牟がキリカの唇を、ゆっくりなぞった。キリカの湯上がりの唇は柔らかく、ふっくらとしていた。紅を掃いていなくても、瑞々しく美しい。
もう一度、口付けされた。唇どうしをゆったりと重ね合わせるような、優しい口付け。
「あ・・・」
キリカが微かに喘いだ。目を開けると、黒死牟の六つ眼がキリカを見つめていた。
「ますます・・・、美しくなったな・・・」
感嘆の混じった声音で囁かれ、キリカの顔が耳まで赤く染まる。視線を反らしたかったが、黒死牟に顎を掴まれてしまった。
最近のキリカは生来の可憐な美しさに、あだめいた雰囲気が加わり、見る者すべてを魅了するような存在になっていた。