第6章 ※夜這い星の褥※
湯殿の戸を開けると、室内は白い湯気で満たされていた。
天然石が敷き詰められた床に片膝をつき、キリカは身体に湯をかけた。そして、舶来品の石鹸と洗髪料を手に取り、全身をくまなく洗い清めていく。
湯殿に、ふくよかな花の香りが広がる。春の訪れと咲き誇る花々を彷彿させる香り。
(すごく、いい香り・・・)
腰まである惣闇色の髪を一つに纏めながら、浴槽に身体を沈めた。
「ふぅ・・・」
肩まで湯に浸かったキリカが気持ち良さそうな吐息を漏らした。一日の疲れがときほぐれていくようだった。
浴槽は泳げそうなほど広い。近くの源泉から湯を引いてあり、いつでも快適な入浴を楽しめた。
(それにしても・・・)
浴槽の凹んだ部分に頭をもたせかけ、キリカは目を閉じた。
(こんな贅沢をしてしまっていいのかしら・・・)
着物や装飾品、化粧品や身の回りの物、部屋や家具、日々の食事など、黒死牟がキリカの為に用意したのは豪奢な物ばかりだった。
突然、降ってわいたような夢のような暮らしは嬉しくもあり、時に、己の身の丈にあってはいないのではないかと不安になる事さえあった。
黒死牟に甘やかされ、悪い気はしない。が、甘えすぎないように己を律していかなければいけない。
そして。キリカには時折、無性に不安になる時がある。
これ以上はないと思えるほど整った容貌の黒死牟。さぞや女性に持て囃される事だろう。以前は、どんな女性と一緒にいたのだろうか。もしかしたら結婚していたかもしれない。
(私では不釣り合いではないかしら・・・。もっと、きれいな女性が現れたら巌勝様は・・・)
パチリ、と瞼を開けた。憂愁を帯びた惣闇色の瞳が姿を現す。
黒死牟の隣りに他の女性がいる。想像しただけで胸が締め付けられそうだった。
もっときれいになりたい。趣味が良く、教養のある女性になりたい。黒死牟がずっと自分だけを見ていてくれるように。
(よし。明日から、もっと頑張ろう)
毎日の掃除と洗濯をもっと丁寧にやろう。美しい字が書けるように手習いの時間を増やそう。装いを凝らして、少しでもきれいな姿を見てもらおう。
目標を掲げ、志を新たにするキリカであった。