第5章 ※雨の蜜夜 とこしえの契り※
「それだけか・・・」
「いっ、いつから起きていらしたんですか?」
キリカの声が跳ね上がった。寝ていると思ったのに。何て大胆な事をしてしまったんだろうと後悔した。
「ずっとだ・・・、鬼は・・・睡眠を必要とせぬ・・・」
「そうなんですか・・・。けど、起きているなら、そう言ってください!」
「許せ・・・、お前が何をするか気になって寝たふりをしていたのだ・・・」
語気を強め、抗議をした。が、涼しげな表情の黒死牟に軽くかわされてしまう。
「キリカ、お前の口付けは初々しくて、なかなか良かったぞ・・・」
そればかりか更に羞恥心を煽られ、何も言えなくなってしまう。
「もう一度するか・・・」
問いかけられたが、キリカは俯いてしまった。それを肯定と受け取った黒死牟はキリカの夜着の袷に手を掛ける。
その時だった。キリカの腹が鳴った。
「も、申し訳ありません。昼間から何も食べていなくて。でも大丈夫です。我慢できますから・・・」
あまりの情緒の無さにキリカは泣きそうな声を漏らした。
黒死牟は面食らった顔をしていたが、そのうちに低く笑い始めた。
「笑わないでくださいっ。恥ずかしくてたまらないんですから」
「悪かった・・・。お前らしくてよい・・・」
キリカの頭をくしゃりと撫で、黒死牟が立ち上がる。袴着を引っかけた。
「そこで待っていろ・・・。何か食べるものを持ってきてやろう・・・」
「お願いします・・・」
黒死牟の気配が遠ざかっていくのを確認すると、キリカは座り込み、頬を両手で覆った。
(巌勝様、呆れてしまわれたかしら・・・)
大きな溜め息をついている間にも、再び、腹の虫が鳴った。食事は朝、食べたきりだった。確かに空腹だったとは言え、何と緊張感のない腹だろうか。
ややあってから、黒死牟が膳を持って部屋に戻ってきた。好物ばかり並んでいて、キリカが嬉しそうな笑みを浮かべた。
「いただきます」
正座し、行儀よく料理を平らげていく。どれも美味しくて、キリカの頬が綻んでいく。
「美味いか・・・」
「はい。とても美味しいです」