第1章 月神と乙女
「大丈夫です。助けてくださってあり・・痛っ」
せめて起き上がって礼を言おうとしたキリカの足首に激痛が走った。逃げている最中は気付かなかったが、どうやら足首を捻挫していたようだ。
よく見ると両足首や両腕の至るところが湿布と包帯で埋め尽くされていた。ズキズキと疼くような痛みが全身を走る。
「無理を・・・するな・・・」
男性は激痛に喘ぐキリカを制し、再び横になるように促した。
「礼には・・及ばぬ・・・。それより・・、あの辺りは鬼がよく出る・・・。ゆめゆめ・・・、気を付ける事だ・・・」
「・・はい。あの、あなたのお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?私の名前はキリカと申します」
「キリカか・・・。良き名前だ・・・。私の名前は・・・黒死牟だ・・・」
「黒死牟様と仰るのですね。教えて下さってありがとうございます。お名前が分からないと話しづらいですもの」
キリカがはにかんだような笑みを黒死牟に向けた。助かったと分かり、心が幾ばくか落ち着きを取り戻したようだ。
「この屋敷には・・・、私しかおらぬ・・・。傷が癒えるまで・・・、養生するがよい・・・」
「ありがとうございます」
「また・・・、様子を見に来る・・・。何かあったら・・・、遠慮なく呼ぶがよい・・・」
そう言って、黒死牟は部屋を出ていった。所作の一つ一つに無駄がなく、またもや見とれてしまうキリカであった。
(黒死牟様かぁ・・・)
キリカは出会ったばかりの男性の姿を反芻した。月光に照らされた、端正な横顔。真正面から見た、この上なく美しく整った顔。
それぞれ、一枚絵のようにキリカの脳裏に広がる。
(あんなに顔が綺麗な方、初めて見たわ。もっと話がしたいな・・)
つらつらと思いを巡らせていると、心地よい眠気が波のように押し寄せてきた。目を閉じれば、すぐに眠りの世界だった。