第5章 ※雨の蜜夜 とこしえの契り※
キリカの住んでいた村は山の麓にあった。今いけば、夕刻までには戻ってこれるだろう。
懐かしい人々の顔を思い出し、キリカの足は自然と駆け足になった。頬が、ほころんでくる。
木々に覆われた山道を下りると、一本の畦道が真っ直ぐ続いていた。小川のせせらぎや鳥のさえずり、畦道に咲く花の彩りを楽しみながら、キリカは進んだ。
やがて、一軒の茶屋がキリカの視界に飛び込んできた。息せき切って、店に駆け込む。
「ご無沙汰しています、キリカです」
キリカの声に、客や従業員が一斉に振り向いた。
「突然、いなくなってしまい申し訳ありません・・」
言い掛けた言葉をキリカは途中で切った。自分に注がれる視線のよそよそしさに、体が固まってしまう。
「あの・・・」
居心地悪そうにしていると、店の奥から年かさの女性が出てきた。この茶屋の女将であり、キリカの育ての親でもあった。
「どこのお姫さんと思ったら、キリカかい?」
「女将さん」
キリカが嬉しそうな声を上げ、女将の元に駆け寄る。
「あんた、どこに行っていたんだい?」
「申し訳ありません。怪我をしてしまったんですけど親切な方に助けていただきました。やっと動けるようになったので、ご挨拶に参りました」
「怪我だって。大丈夫かい?」
「大丈夫です。すっかり治りました」
「そうじゃないよ、身体に傷は残っていないだろうねえ。見せてごらん」
泡を食った女将がキリカの着物の袖を捲り上げた。怪我の痕をしきりに気にしているようだった。
「ないと思いますけど、それが何か・・・」
「それならいいけど、あんたの身体に醜い傷痕でもあったら庄屋様に何とお詫びしたらいいか。気を付けておくれよ」
「え・・・?」
自分の怪我と庄屋に何の関係があるのだろうか。噛み合わない話の流れに、キリカは困惑の色を隠しきれない。
「庄屋様がどうかされたのですか?」
庄屋とは数回、顔を合わせただけだ。直接、交流がある訳ではなかった。
「それはねえ・・・」
女将はキリカの顔を見ながら、困ったような笑みを浮かべた。