第4章 月神 夜陰のむざね
この姿を見た人間は恐怖のあまり正気を失うか、命乞いをするかの、どちらかだった。
だが、目の前の二十歳にもならぬ少女は違った。怯える素振りを全く見せず、真っ直ぐ立っていた。
「この身は・・・人間を喰らうのだぞ・・・。恐ろしいに決まっている・・・」
「いいえ」
キリカが強く、かぶりを振った。
「私はあなたが人と違うような気がずっとしていました・・・」
予感はあった。日の光を嫌い、鬼が出るという山に一人で住む男性。どうして、その正体に気付かなかったのだろうか。
「あなたが鬼であろうと構いません。あなたをお慕いしております」
この身にあるのは愛しい気持ちのみ。誰よりも、何よりも愛しい。
「心よりお慕いしております」
重ねて言った。気持ちが伝わるように。
「お前という娘は・・・・」
思いがけない告白に、黒死牟の中で何かが弾けた。そのままキリカの身体を引き倒した。両肩を強く押さえ付け、自由を奪う。
「この姿を見られてしまった以上・・・、仕方がない・・・」
その声音は、どことなく悲しげだった。
正体を知られたくなかったし、知らせるつもりもなかった。笑顔が、嫌悪と恐怖に変わるのを見たくなかったからだ。
花の精のような可憐な娘。鬼に身を堕とした自分が恋い焦がれてよい存在ではなかった。
己の庇護の下で何不自由なく暮らしてくれれば、傍らで明るく笑っていてくれれば、それで良かった。
だが、正体が露見した今となっては、すべてが空しい絵空事だった。
「今から・・・、お前を喰らう・・・」
刹那、黒死牟は眼を閉じた。全ての躊躇いを捨てる。キリカの夜着をはだけさせた。肩から乳房の半ばぐらいまで一気に露出させる。
「これでも・・・恐ろしくないのか・・・」
白い胸元に、爪を押し当てた。弾力のある、若い肌に食い込んでいくのを、黒死牟は陶然とした眼で見つめていた。
「・・・・」
殺されてしまうかもしれないのに、キリカの心は落ち着いていた。黒死牟の牙が首元に近付いてくるのを、凪いだように静かな面差しで見ていた。
(何て、きれいな眼・・・)
深紅と黄金の六つ眼。人ならざる者の証。
美しく、そして・・・。
「そんなに悲しそうな眼をなさらないでください・・・」
「・・・!」