第4章 月神 夜陰のむざね
キリカの切なげな囁きに、黒死牟が動きを止めた。
「何だと・・・」
片手で肩を押さえ付けたまま、キリカを見下ろす。
キリカは気付いていた。黒死牟の眼が悲しそうに歪んでいるのを。
(黒死牟様・・・)
心の中で涙を流しているのが見えるような気がした。
それぞれの思いを抱えた二人の視線が交差し、しばし沈黙が流れた。
「どうぞ。このまま、一思いに・・・」
先に沈黙を破ったキリカが眼を閉じた。いろいろな感情と記憶が体の中を駆け巡っていた。
初めて出会った晩の事。その美しい顔を見て、胸が高鳴った事。二人で町へ出掛けた事。いつの間にか恋に落ちていた事。
キリカの目尻から涙が零れ落ちた。玻璃のような一筋の涙は黒死牟の胸を掻き乱した。『喰らう』という決意が揺らぐ。
「幸せな夢を見せてくださってありがとうございました。ずっとお慕いしております・・」
「言うな・・・、それ以上・・・」
黒死牟がキリカのおとがいに手をかけた。ぐい、と持ち上げる。
二人の唇が重なった。
「私も・・・、お前を愛している・・」
長い口付けの後、黒死牟は堪えていたものを吐き出すように言った。これ以上、自分の気持ちを隠し通す事は出来なかった。
「黒死牟様っ・・・」
しがみついてきたキリカの身体を黒死牟の腕が受け止めた。強く抱き締める。幾度も唇を重ね、二人は視線を交わした。
「お前も・・・、たいそう物好きだな・・」
「そんな事はありません」
「本当に・・・、恐ろしくはないのか・・・」
「黒死牟様・・・」
キリカが、黒死牟の頬を両手でしっかりと挟み込んだ。目元に、頬に、唇に口付ける。
「・・・これが答えです」
「キリカ・・・」
黒死牟は腕の中のキリカを愛おしそうに見つめた。キリカは恥ずかしそうに目元を潤ませている。
愛おしさは募るばかりだった。
窓の隙間から差し込む月光が、口付けする二人の姿を優しく照らす。
空を覆っていた分厚い雲は途切れ、いつしか月がその全容を現していた。
今宵、心を通わせあった二人を、月はいつまでも見ていた。