第4章 月神 夜陰のむざね
(黒死牟様・・・)
昼間の事を思い出す。
黒死牟の細く、長い指。肌の上を滑る、指の感触。
キリカの心がさざめいた。俄かに脈が早くなる。もし、あのまま続いていたら。受け入れていたら、どうなったのだろうか。
「・・・・・っ」
経験のないキリカには刺激が強すぎた。恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆う。
(何て、はしたない想像を・・・)
夜風に当たって頭を冷やそう。そう思ったキリカは上着を羽織ると、手燭を片手に廊下に出た。
季節はもうすぐ初夏を迎えようとしていたが、朝晩は冷え込んだ。素足に冷たい夜気がしみる。
辺りは、しん、と静まり返っていた。聞こえるのは遠くの川のせせらぎや草木を渡る風の音のみ。
ぎしっ。
キリカは、ゆっくりと歩を進めた。長く続く廊下の先は闇に溶け込んでいた。手元の灯だけが頼りであった。
「・・・・」
途中、キリカは天を見上げた。今宵の月は、分厚い雲に隠れてしまっていた。ほんの少し寂しげな表情を浮かべると、再び歩き始めた。
そのまま、まっすぐ廊下を進み、左の角を曲がった所でキリカは足を止めた。
奥の部屋から物音が聞こえたような気がした。静まり返っていなければ聞こえないような小さな音であった。
「・・・・・?」
再び、音が聞こえた。それに人の気配もした。
黒死牟は夕げの後、用事があると言って出掛けて行った。今、この屋敷にいるのはキリカ一人の筈。
(確か、あそこは黒死牟様のお部屋だわ。確認しなくては・・・)
キリカは息を潜め、しばし耳を澄ました。
かたんっ。どうやら気のせいでは無かったようだ。キリカの体が固まった。
(誰かいるのかしら・・)
ぎぃっ。
慎重に歩み出したつもりが、思ったより大きな音を立ててしまい、キリカは焦った。
(怖いけど確認しなくては・・)
物音の主が夜盗だったら。黒死牟が不在の今、自分で何とかするしかない。しかし、身近に武器になりそうな物もない。
(黒死牟様、早くお戻りになって・・)
胸の谷間を冷たい汗が滑り落ちていく。キリカは今まで以上に慎重に足を進めた。