第4章 月神 夜陰のむざね
「この指が気になるのか・・・?」
黒死牟の、闇を呑んだような漆黒の双眸が、妖しい光を帯びた。唇の端に含みのある笑みを浮かべると、キリカの頬に手を当てた。
「・・・・っ」
キリカが驚きに眼を見張ったが、黒死牟は意に介さなかった。キリカの顔の輪郭に沿って、指をゆっくりと滑らせ始めた。
眼のふちから、耳へ、頬へ。順番に指を這わせ、唇の上でピタリと止まった。
「きれいな肌だ・・・。私の指に吸い付いてくるようだ・・・」
黒死牟の人差し指と中指が、キリカの唇をなぞる。
「あ・・・・」
キリカが吐息のような声を漏らした。黒死牟の囁きと指の感触が背筋をぞくりとさせる。
「黒死牟様・・」
指は顎をなぞり、首筋まで降りてきた。着物の襟に辿り着く。一呼吸おいた所で、袷を抉じ開けるように指が潜り込んできた。鎖骨を触られたキリカの身体が、びくんと跳ねた。
「はっ、離してくださいっ」
我に返ったキリカが、金切り声をあげた。
放っておいたら、とんでもない事になりそうで怖かった。震える手で黒死牟の指を引き剥がそうともがく。
「痛っ」
勢い余って尻餅をついたキリカを、黒死牟は抱き起こそうとした。腕を掴む。
「離してくださいっ」
黒死牟の衣服に焚き染められた香りが、キリカの心を一層、掻き乱す。何とか離れようともがいたが、黒死牟の腕はびくともしない。
「暴れるな・・、キリカ・・・」
手足をばたつかせるキリカを黒死牟は難なく抱き起こすと、その場に座らせた。
「・・・・」
キリカは肩で荒い息をつきながら、着物の襟をおさえていた。警戒や驚愕をないまぜにしたような視線を黒死牟に向けている。
「キリカ・・・」
「・・何ですか?」
「私が悪かった・・・」
「・・・・」
キリカは困惑していた。黒死牟の事は嫌いではない。だが、予想もしていなかった突然の事態に、どうしたらいいのか分からなかった。
「キリカ・・・」
申し訳なさそうに名を呼ばれたが、キリカは答えられず、視線を反らした。これ以上、黒死牟の顔を見ていたら、顔を赤くしてしまいそうだった。