第4章 月神 夜陰のむざね
「お前は面白いな・・・。退屈しなくて済む・・・」
「それは褒め言葉ですか・・?」
なおも忍び笑いを続ける黒死牟にキリカは小馬鹿にされているような気がした。心持ち、憮然とした表情を浮かべる。
「あんまりからかわないでください。私は毎日、退屈で・・・、あっ、そうだ!」
キリカは、がばっと身体を乗り出した。大事な事を忘れていた。
「黒死牟様。今、お時間はありますか?お願いがあるんですけど」
「時間ならあるが・・・」
目まぐるしく態度を変えるキリカに、黒死牟は少し気圧されるように頷いた。
「それなら良かったです。私に読み書きを教えていただけませんか?本や雑誌を読んでみたいんです」
「分かった・・・。容易い事だ・・・。支度をするから今しばらく待つが良い・・・」
「ありがとうございます。嬉しいです」
黒死牟が立ち上がった。部屋を出ていく。ややあってから硯や筆、和紙を携えて戻ってきた。
「お手数をかけてしまって申し訳ありません」
「気にするな・・・。向上心があるのは良い事だ・・・」
道具を手際よく文机の上に並べていくのを、キリカはじっと見つめていた。
「今から・・・、手本を書く・・・」
黒死牟が和紙に筆を滑らせた。古風だが、格調高い文字がすらすらと綴られていく。
キリカは黒死牟の一連の所作を目で追っていたが、あるものに視線を奪われた。
黒死牟の指である。白く、長い指。爪は短く、きれいに切り揃えられていた。
「きれいな指ですね・・・」
それは独り言のような呟きだったが、黒死牟は聞き逃さなかった。
「・・・?」
「中断させてしまって申し訳ありません。とてもきれいな指だと思って・・・」
「そうか・・・。特に気にした事もなかったが・・・」
黒死牟は手のひらを己の顔の前にかざした。何の感慨も無さそうに、二、三回、ひらひらさせるとキリカの方を見た。
「キリカ・・・?」
返事はない。キリカは微動だにせず、そこにいた。再び、名を呼んだが、返事は返ってこない。呆けたように黒死牟の指を見つめていた。