第3章 月満ちる夜
「いや、そんな事はない・・・。よく似合っている・・・」
少しの間、呆然としていた事に黒死牟はようやく気付いたようだった。キリカの言葉に、呪縛から解かれたように我に返る。
「本当ですか?そう言えば、私、まだ鏡で見ていないんですけど・・・」
キリカがきょろきょろしながら鏡を探していると、端近に控えていた店員が「こちらにございます」と促した。
(これが私・・・)
大きな姿見の中には、高貴な血筋の姫君と言っても通用しそうな美しい少女がいた。
「わぁ・・・」
鏡を覗き込んだキリカが頬を紅潮させた。初めての豪奢な衣装に初めての化粧。別人に変身したような気分だった。着飾る事に興味が無かった訳ではない。余裕が無かっただけだ。
「気に入ったか・・・?」
「はい。・・でも、私がこのような格好、不釣り合いではありませんか・・・?」
「お前の為に誂えたように似合っている・・・。見違えたぞ、キリカ・・・」
「ありがとうございます・・。とても嬉しいです。」
そう言ったキリカの頬は先程とは違った意味で紅潮していた。黒死牟に「似合う」と言われ、恥じらっているのだ。
(これは何と愛らしい・・・)
初々しいキリカの仕草に黒死牟は眼を細めた。
二人が店を出ると、天には月が煌々と輝いていた。
黒死牟は着物と帯を数点ずつ、装飾品や化粧品も一式揃えてくれた。
礼と言うには相応しくないような金額の代物の数々にキリカは恐縮する事しきりであった。
「黒死牟様、今日は本当にありがとうございます」
「よい。礼には及ばぬ・・・。それより、疲れぬか・・・?」
振り向いた黒死牟が、キリカに手を差し出した。
「久し振りの遠出で疲れたであろう・・。配慮が足りず、申し訳ない・・・」
「そっ、そんな事はないです。謝らないでください・・。」
差し出された手に、キリカは遠慮がちに己の手を重ねた。
「ありがとうございます」
「では、行くぞ・・」
二人は肩を並べて歩き始めた。歩調もキリカに合わせてくれていた。さりげない優しさがたまらなく嬉しかった。