第3章 月満ちる夜
「好きなものを選べ・・・」
黒死牟にそう言われたキリカは途方に暮れていた。
(うーん・・・)
所狭しと陳列されている着物や装飾品に囲まれながらキリカは惣闇色の瞳をしきりにめぐらせていた。好きなものを選べ、と言われても目移りしてしまってどうしたらいいか分からない。
「黒死牟様に選んでいただきたいです。こんなにたくさんあると迷ってしまいます」
困り果てたキリカは傍らに居た黒死牟に、ちらりと視線を流した。助け船を求められた黒死牟は唇で薄く笑うと、キリカと着物の群れを交互に見た。素早く何点か見立てると、居並ぶ店員達に指示を出した。
店員達は「かしこまりました」と告げると、店の奥の一室にキリカを連れて行った。
斯くして、緊張した面持ちのキリカの周りを取り囲むようにして着付けが始まった。
黒死牟がキリカの為に選んだのは、撫子色の地に蝶や花々が舞う一枚であった。まるで春の野を写し取ったかのように華やかで美しい。
着付けが終わると、次は化粧をされた。白粉は薄く、口元には濡れたように光る桃色を、目元には西洋風の化粧を施された。頭頂で緩く纏められた髪には虹色の宝石をあしらった簪が、耳元には涙型の真珠の耳飾りがそれぞれ煌めいていた。
「よくお似合いですよ。」
「あなた、女優さんみたい。すごくきれい」
「ええ、本当に。こんなにきれいな方は初めてですよ」
店員達が次々に褒めそやす。聞き慣れない褒め言葉ばかりで、くすぐったい気分になってくる。だが、悪い気はしない。
「お支度が整いました」
店員に手を引かれ、全身を美しく装ったキリカが黒死牟の前に現れた。
「・・・・・」
予想以上の仕上がりに、黒死牟は思わず息を呑んだ。
キリカに言葉をかけるのも忘れて、呆然と見とれてしまっていた。
「黒死牟様・・?」
キリカが表情にも言葉にも多量の不安を滲ませながら黒死牟を見上げた。
「変ですか?」
遠慮がちに尋ねた。呆然としている黒死牟を見て、キリカは不安を募らせていた。どうして何も言ってくれないのだろうか。