第3章 月満ちる夜
「廊下の掃き掃除をしている所です。洗濯はさっき終わりました」
「それは助かる・・。お前は働き者だな・・」
「いえっ、そんな事はないです。する事がなくて暇だったので。それだけです」
キリカが照れたように笑う。些細な事でも褒められると嬉しいものだ。
「キリカ・・」
「何ですか?」
「あとで町へ行かぬか?お前に、礼がしたいのだが・・」
「えっ、お礼なんてとんでもないですっ。私、大した事はしていないので・・」
「そんな事はない・・。それに、年頃の娘はいろいろと必要であろう・・」
キリカの身の回りの物は何もなく、確かに不便であった。それに、着ているものも、みすぼらしくはないが、あまりに質素な着物。若い娘が着るには、いささか地味な代物である。
「あ、はい。でも・・」
嬉しいけど、素直に甘えてしまってよいのだろうか。戸惑ったような表情を浮かべるキリカの肩に、黒死牟が手を置いた。
「遠慮をするな・・・。たまには町へ出てみるのもよかろう・・・」
「そうですね・・・」
黒死牟に助けられてから、キリカは半月近く、この屋敷に滞在している事になる。たまには外出してみるのも良いかもしれない。
「決まりだな・・。夕刻になったら此処を出る・・。支度をしておくように・・」
「はい。よろしくお願いします」
日が沈んだ後。
山を下りた二人は町の中にいた。ガス燈がつき、昼間のように明るい。往来は着飾った男女が楽しそうに歩いている。和装の者もいれば、洋装の者もいた。見るものすべてが真新しく、刺激に満ちていた。
「こんな華やかな場所、生まれて初めてです」
キリカが興奮したような声をあげた。目を輝かせながら、店の並びや町行く人の群れを眺めている。
キリカは住んでいた村から殆ど出た事がなかったのだ。
そうしているうちに、一軒の瀟洒な構えの店に連れていかれた。
着物や帯、櫛や簪だけでなく、化粧品、舶来品の衣服や装飾品も置いてあり、凡そ揃わないものはないと言った感じの店であった。
桃色、深紅、萌木色、藤色、菫色、空色、山吹色・・。
何十枚もの着物をキリカは放心したように眺めていた。鮮やかな色彩の洪水に目眩がしそうになる。