第2章 夢惑う乙女
夢など一度も見ずに熟睡できたような気がする。
それに、ひとしきり泣いたせいだろうか。心は洗い流したように、すっきりしていた。心の淀みも感じられない。
「申し訳ありません、こんな夜中に・・・。ご迷惑でしたよね」
「迷惑なものか。それより、一人で抱え込むな・・。我慢する必要はない・・」
「はい・・」
黒死牟の声音がキリカの心に染み込んでいく。低く厳かな声音に安らぎを感じる。どうして、この方は嫌な顔一つせず、親身になってくれるのか。
「ありがとうございます・・・」
その一言に、キリカは様々な思いを託した。助けてくれた事への感謝、話を聞いてくれた事への感謝、隣りにいてくれた事への感謝。すべて、うまく伝わる事を願った。
黒死牟は言葉の代わりに、キリカの背に手を滑らせた。優しく撫でる。
「もう大丈夫そうだな。安心したぞ・・・」
黒死牟の目に映っていたのは、昨夜のキリカが泣きじゃくる姿。見る者すべての胸を突くような哀れな姿だった。あんな思いは二度とさせたくなかった。
「ありがとうございます。黒死牟様のおかげです」
無邪気な微笑みに、黒死牟は小さく「ふっ」と笑った。
「では、私はそろそろ部屋に戻る事にしよう・・」
黒死牟が立ち上がる。もうすぐ夜明けだった。戸の隙間から微かな光が漏れている。
「あっ、待ってください」
黒死牟を呼び止めようとして発せられた声が思ったより大きくて、キリカは決まりの悪そうな表情を浮かべた。だが、構わず続ける。
「お礼と言う訳ではないんですけど、今日は私が食事をご用意させていただいてもよろしいでしょうか?黒死牟様と一緒に食事をしたいです」
キリカはにこやかに問いかけた。花のような微笑みに、部屋の空気も彩りを帯びるようだった。
「分かった。では、楽しみにしているぞ・・・」
「腕によりをかけて作らせていただきますね」
黒死牟は、そのまま部屋から出ていこうとしたが、ふと何かを思い出したかのように足を止めた。
「キリカ」
「・・はい?」
「お前の笑顔は良い。まるで春の花のようだ・・」
「!」
(今のは、どういう・・)
黒死牟の残り香の漂う部屋で、キリカは頬を紅潮させていた。
まるで、恋をしているかのように。