第2章 夢惑う乙女
やがて、規則正しい寝息が聞こえてきた。
年齢より、ほんの少し幼く見える寝顔。悪夢が訪れている気配はない。
黒死牟はキリカが完全に寝入ったのを確認すると、立ち上がろうとしたが。
「・・・!」
キリカが袖を掴んでいるのに気付いた。すがるように固く握り締められた指は、ちょっとやそっとでは緩みそうにない。
「やれやれ・・。まるで子供ではないか・・」
黒死牟は軽くため息をついた。だが、せっかく気持ち良さそうな眠りについているキリカを起こす気にもなれず、しばらく付き合うのも悪くはない、と思った。
「あぁ。良く寝た」
久方ぶりに熟睡できたような気がする。まだ、夜は完全に明けていないようだ。寝惚け眼に、薄墨色に染まった部屋が映る。
枕の感触が違うような気がしたが、寝惚けているせいか特に気にはならなかった。もう一眠りしようと寝返りを打てば、顔と右腕が固いものに当たる。
(え、なに・・?)
確認しようと体を起こしかけたキリカが、ぎょっとしたような表情を浮かべた。
「きゃあっ!」
キリカが枕にしていたのは、黒死牟の腕だったのである。寝返りを打った事により、さらに密着するような形になってしまったのだ。
「何だ・・、騒々しい奴だ・・」
腕の主が、目をぱちりと明ける。吐息がかかりそうなほど近い距離で二人の視線がぶつかる。
「黒死牟様っ、これは一体?」
「これか・・?お前が私の着物を掴んで離さぬので、そのままにしておいたのだが・・」
言って、キリカは黒死牟に抱きついたままだと気付き、激しく動揺した。ばっ、と手を離した。顔がみるみるうちに朱に染まっていく。
「ほっ、本当、ですか?」
肩で息をしながら、キリカが訊ねた。全く覚えていないが、真顔で此方を見つめる黒死牟が嘘をついているようには見えない。
(どうしよう・・、私ったら何と言う事を)
自分から抱きつくような、恥ずかしい真似をしてしまった。キリカが両手で顔を覆った。
「キリカ・・・」
黒死牟が体を起こした。キリカに向き直るように座る。
「よく寝れたか・・?」
予想外の問いかけに、キリカは肩透かしを食らったような気分になった。
「あ、はい・・。おかげ様で」