第2章 夢惑う乙女
「黒死牟・・さ・・ま」
頭を黒死牟の胸にもたれかからせたまま、キリカは泣き続けた。涙は枯れ果てても可笑しくないぐらい、溢れ出てきた。心が慟哭していた。
(キリカ・・)
黒死牟の掌が、泣きじゃくるキリカの背をさすり始めた。幼な子をあやすように、ゆっくりと。少しでも心が癒えるように、優しく。
キリカは、人の手の温かさを初めて知った。言葉の温かさも初めて知った。
やがて、キリカの嗚咽が夜の闇に一つ残らず消えていった頃。
「・・申し訳ありません。お見苦しい姿を見せてしまって」
ようやく泣き止んだキリカが、黒死牟の胸から顔を離した。そのまま、下を向いてしまう。泣き腫らした、ひどい顔を見られたくなかったのだ。
「キリカ・・」
顔を下に向けたままのキリカの肩に手を置いた。そのまま優しく語りかける。
「何かあったら私を呼べと言ったであろう。・・これからは一人で悩むな・・」
「ありがとうございます・・」
言いながら、再び涙が込み上げそうになる。黒死牟の優しい言葉が心に沁みていく。体が暖かいもので満たされていくようだった。
「泣きたい時は好きなだけ泣け。我慢をするな・・」
「はい・・・」
そう言って、キリカは顔を上げた。心の淀みが全て洗い流されたような顔。惣闇色の瞳は、もう濡れてはいなかった。
「落ち着いたようで良かった・・」
黒死牟は、ほっとした声を漏らした。
「もう夜も遅い。また、休むがよい・・」
黒死牟に促され、キリカは布団の中に潜り込んだ。
「子守唄は必要か?」
「私、そんな子供ではありませんっ!」
「そうだな。それは悪かった・・。お前を見ていると、どうにもからかいたくなる・・。許せ・・」
キリカが頬を膨らませながら抗議すれば、黒死牟は笑いを堪えるかのように目を細めた。布団を目深にかけてやる。
「眠るまで・・・、私がついていよう・・」
額に掌が置かれた。ふわり、と良い香りがした。黒死牟の衣服に焚き染められた香りだろうか。
(良い香り・・・)
高貴で奥ゆかしい香り。
まるで羽根に包まれているような心地好さを感じた。キリカは静かに眠りの淵に落ちていった。