第2章 夢惑う乙女
「生まれた日も、産みの親の顔も何一つ知りません」
心の奥底に封印した筈の不安と孤独。鬼に襲われた恐怖が引き金となって現れたのだろうか。
「親切な方に拾っていただき、育ててもらいましたが・・」
生い立ちを語るキリカの顔が泣き笑いのように歪んでいく。
「近所の子供達によく苛められました。お前は目立ちすぎるから気に入らない、と」
キリカの容姿は幼い頃から人目を惹いた。
惣闇色の髪と瞳。陶器の如き、白い肌。可憐だが、どことなく強さを秘めた風貌。その美しさは、閉鎖的な山里に住む者の目には異質に映った。
女性からは妬まれ、着るものが粗末だ、ぼろきれのようだ、と馬鹿にされた。
年頃になり、体つきが女性らしくなると、よからぬ欲望を抱く男性も少なくなかった。被害に遭わずに済んだのは幸運だろう。
「私を育ててくれた方は優しい方ですが、あまりご迷惑をかけてもと思い、ずっと黙っていました・・」
苛められ、物を投げられても、助けを求める存在や、胸のうちを明かす存在もいなかった。常に孤独だった。誰もいない場所で、声を殺して泣いていた。
(この娘は、ずっと一人で・・・)
キリカの口から出た意外な言葉に、黒死牟は目を見張った。キリカの印象は朗らかで天真爛漫。絶えず感情を表す様は見ていて退屈しなかった。
それが、これ程の孤独を抱え込んでいたとは。
「下らない話で申し訳ありません。お話するつもりは無かったのですが・・」
ぽろぽろ、と水晶のような涙が零れ落ち始める。ぬぐっても、ぬぐっても止まらず、キリカは戸惑ったような声を漏らした。
「すみません、けど、止まらないんです・・」
そう言っている間にも、涙が込み上げてくる。今まで閉じ込めていた物を打ち明けたせいだろうか、感情が荒波のように揺れていた。
「構わぬ・・、好きなだけ泣け・・」
「・・・っ、黒死牟様・・・」
短いけど、労りの籠った言葉。思いがけない黒死牟の言葉に、心の中で何かが弾けた。キリカが声をあげて泣いた。まるで、産声のように。
「私が全て・・受け止めよう・・」
お前の孤独も苦痛も、全て。
黒死牟がキリカの体を腕の中に抱え込んだ。キリカは一瞬、体を固くしたが、すぐに力を抜いた。