第13章 ※宵の宮・雨月夜の契り※
キリカは答えない。わざとらしく片眉を上げると、肩に置かれた手と黒死牟の顔を交互に睨み付けた。
(これは・・・)
精一杯、怒ったふりをしているのだ。まるで毛を逆立てた猫のようだと黒死牟は喉の奥で微かに笑った。
「キリカ・・・、此方へ・・・」
「行きません。巌勝様のような意地悪な方の所には行きませんから」
一段と冷ややかに言い放ち、キリカは置かれた手を振り払うように肩を揺さぶった。
「これは困ったな・・・、どうしたら機嫌を直してくれるのだ・・・」
「・・・知りません。怒ってなんかいませんから」
「やれやれ・・・」
黒死牟はキリカの身体をやや強引に引き寄せた。後ろから覆い被さるように抱きすくめる。
「私が悪かった・・・、機嫌を直してくれぬか・・・」
「・・・・」
「キリカ・・・」
囁くように名を呼ぶと、キリカの頬に触れた。視線を向けさせる。
「私が悪かった・・・」
重ねて詫びると、キリカの顔をじっと見つめた。
(・・・・)
真摯な声音と眼差しに、どうしたものかと、キリカは俊巡していた。本当は、これっぽっちも怒ってなどいない。からかわれてばかりなのが気に入らなかっただけなのだから。
(それに、さっきだって・・・)
キリカは知っていた。黒死牟の姿を見た年頃の娘達が皆、浮き足だっていたのを。
(隣には私がいたのに・・・)
ちらちらと視線を送る女性。うっとりとした面持ちでため息をつく女性。
思い出し、胸が針で刺されたように痛んだ。
もっと、綺麗な女性がいたら。もっと、上品で優雅な女性がいたら。そちらにいってしまうに違いない。
(こんなにも、お慕いしているのに・・・。私の気持ち、巌勝様には分からないんだわ)
キリカの惣闇色の双眸が、うっすらと滲んだ。
「如何した・・・?」
「なっ、何でもありません・・・」