第2章 夢惑う乙女
しばらくして盆を手にした黒死牟が戻ってきた。
「飲むがよい・・。落ち着くぞ・・」
「ありがとう・・ございます・・」
差し出された茶器を受け取った。キリカが好きな茶だ。温めに淹れてあり、キリカは一気に飲み干した。
「もう一杯、飲むか?」
「お願いします」
茶の香りと、ほんのりとした温かさがキリカの心に落ち着きを取り戻していく。何より、黒死牟が側に居てくれるのが心強かった。
「少しは落ち着いたか・・・?」
「はい・・。おかげ様で少し落ち着きました・・」
声は滑らかに出るようになったものの、顔には色が無かった。
「で・・・、何があったのだ・・?」
「・・・・」
キリカが、ふっと目を反らした。どこまで言ってよいものか、考えあぐねているのだ。
「キリカ・・・」
「はい・・・」
名前を呼ばれたキリカが、黒死牟の顔を見上げた。黒死牟はキリカの真正面に腰を下ろすと目線を合わせた。
「私では、お前の力になれぬか・・?」
黒死牟の言葉に、キリカが目を見開いた。躊躇うような視線を向けるキリカに黒死牟は頷いてみせた。
「・・・夢を見ました・・・」
キリカが重い口を開いたのは、かなり時間が経ってからであった。その間、黒死牟は急かす訳でもなく、静かにキリカと相対していた。
「夢・・?」
「はい。夢の中で私は鬼に追いかけられていました・・」
キリカはどこまで言おうか迷いながらも言を継いだ。
「夢の中とは思えない程、生々しくて怖かったです。途中で私は助けを求めましたが、其処に居たのは・・」
キリカが言葉に詰まった。組んだ指先に、痛い程の力を込めた。何とか、言葉を押し出そうとするかのように。
「子供の頃、私を虐めていた人達でした・・・」
キリカの顔が、さっと陰りを帯びた。これから言おうとしているのは、自身にとって、とても辛い記憶。思い出す度に、心を鋭い刃物で切り裂かれるような。それでも、キリカは続けた。
「私は捨て子なんです。名前もつけられずに捨てられていました」
キリカの口調は、どこまでも淡々としていた。まるで他人事だと言うかのように。